この記事を書いているのは2020年の暮れ。
毎年この時期になると、その1年の世相を反映した「今年の言葉」が発表されます。
今年の言葉は、当然ながら、と言うべきでしょうか。12月1日に発表された『流行語大賞2020』で年間大賞に選出されたのは、新型コロナウイルスに見舞われた今年を象徴する「3密」。ノミネートされた30の流行語にも、「クラスター」「ソーシャルディスタンス」「テレワーク/ワーケーション」といった新型コロナウイルスに関連する言葉が連なっています1)。
また、12月14日には日本漢字能力検定協会が公募し決定する『今年の漢字』が発表され、最多票を獲得して第1位になったのは「密」でした2)。
その年の言葉を発表しているのは日本だけではありません。同じく年も暮れになると、主な英語辞書関連のサイトがWord of the Year(今年の言葉)を発表します。
海外でもやはり新型コロナウイルス関連の言葉が選出されていました。
アメリカで最大のシェアをもつ辞書出版社のMerriam-Websterが今年の言葉として選んだのは「pandemic」。同社のプレスリリースによると、今年3月11日にWHOが新型コロナウイルスの流行を「pandemic」としたことで、前年度同日比で検索数が115,806%も増えたと言います3)。
同じく「pandemic」を選んだのはDictionary.com。新型コロナウイルスの犠牲者が4,291名に達した同3月11日に、前年度同日比で13,575%も検索数が増加しました4)。
イギリスのCambridge Dictionaryが選んだのは「quarantine 5)」。感染症に感染した可能性がある人を「隔離」する際に使われる言葉で、濃厚接触者や渡航者が求められる自宅やホテルでの2週間の「隔離」に使われます(実際に感染している人を「隔離」する場合は「isolation」が用いられます)。
そのほか、Collinsは「lockdown」を選出6)。日本でも小池都知事のロックダウン発言により、その意味を調べた方も多かったと思います。世界では実際にロックダウンが導入された国もありました。
私にとって特に印象に残ったのは、Oxford University Pressの発表です。
各社/各サイトが新型コロナウイルス関連の言葉を選出しているなか、Oxford University Pressは1つの今年の言葉を選出していません。
同出版局はその理由として、「2020年はseismic events(世界を揺るがすような出来事)に見舞われた1年」であり、その1年を表す言葉を「1つに絞ることができなかった」と説明しています。代わりにWords of an Unprecedented Year report(執筆者仮訳:前代未聞の1年と言葉)というタイトルのレポートを発表して、複数の言葉でこの1年を網羅しています7) 8)。
Oxford University Press代表のCasper Grathwohl氏は、今年の言葉を1つに絞ることが出来なかった背景に、新型コロナウイルスをめぐる新たな言葉が大量かつ急速に浸透したことがあるとして、次のように述べています。
"It's both unprecedented and a little ironic - in a year that left us speechless, 2020 has been filled with new words unlike any other." (執筆者仮訳:言葉を失うほどの困難に直面した2020年は、例年とは比べものにならないほど新しい言葉で満ちていました。前例のないことであると同時に、少し皮肉なことです)
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翻訳者は、日々の仕事をしながら、時代とともに変化する言葉に触れることがあります。
今年は、新しい言葉やこれまでとは違う使われ方が、ものすごいスピードで日常に入っているのを目の当たりにしました。
言葉は、私たちが置かれている世の中の状況が生み出します。そしてその使われ方を変えるのも、世の中です。そうであれば、日常に生まれた大量の言葉と変化は、世の中の状況が非常に速いスピードで変化していたからに他なりません。
前出のCasper Grathwohl氏は報告書の前書きの中で
“The English language, like all of us, has had to adapt rapidly and repeatedly this year.” (執筆者仮訳:私たち人間と同じように、今年は英語という言語も(世の中に)迅速に適応し続ける必要があった)
と述べていますが、言葉が世の中に適応し変化し続けたのは、世の中が変化し私たちが変化したからであり、私たちが変化すれば言葉も変化するのでしょう。
英語や日本語だけでなくその他の言語でも、たくさんの言葉が生まれ変化したこの1年は、変化に適応しようと懸命になった私たちの姿を象徴しているように思えてなりません。
そんな「Unprecedented Year」(前代未聞の年)も、終わりに近づいています。
2021年が、私たちの生活に明るい変化をもたらすことを。そして、言葉の世界にも、明るい変化がもたらされることを。
2021年の「今年の言葉」が、そんな時代の変化を映すポシティブな言葉になることを願って。
執筆:田村嘉朗
大手通信会社ロンドン支社勤務を経て、2013年より翻訳者として活動
専門は通信、マーケティング
- 参考URL
1. 『2020 ユーキャン新語・流行語大賞』(現代用語の基礎知識選) https://www.jiyu.co.jp/singo/
2. 2020年「今年の漢字」(公益財団法人 日本漢字能力検定協会)https://www.kanken.or.jp/kanji2020/common/data/release_kanji2020.pdf
3. Merriam-Webster’s Word of the Year 2020
https://www.merriam-webster.com/words-at-play/word-of-the-year/pandemic
4. The Dictionary.com Word Of The Year For 2020 Is …
https://www.dictionary.com/e/word-of-the-year/
5. Cambridge Dictionary’s Word of the Year 2020
http://view.ceros.com/cambridge/woty/p/1?utm_source=AboutWords&utm_medium=blog&utm_campaign=WOTY2020&utm_content=CDO
6. The Collins Word of the Year 2020 is …
https://www.collinsdictionary.com/woty
7. Oxford Languages: Word of the Year 2020
https://languages.oup.com/word-of-the-year/2020/
8. BBC News: OED Word of the Year expanded for 'unprecedented' 2020
https://www.bbc.com/news/entertainment-arts-55016543