AI翻訳(機械翻訳)とポストエディット
前回は1番目のセンテンスの検証を行いました。「若年者」ではなく「幼児」と訳出すべきところなど、用語レベルではあるもののクリティカルな課題がありました。
2番目、3番目のセンテンスはどうでしょうか。検証に入っていきたいと思います。
文構造にこだわるプロの翻訳者なら、特徴―結果の順に訳す
最初に2番目のセンテンスです。
原文:
Some of the Kawasaki’s disease-like features, including fever, erythroderma, and delayed desquamation, are also seen in toxic shock syndrome, which can have manifestations of multiorgan involvement and has been associated with other viruses.
DeepL翻訳:
発熱、紅皮症、遅発性落屑などの川崎病様の特徴のいくつかは、多臓器関与の症状を示すことがあり、他のウイルスと関連している中毒性ショック症候群にも見られます。
このセンテンスでまず気になるのは、前回も触れた「feature」について「特徴」と訳しているところです。プロの翻訳者であればその後ろに続くものがさまざまな症状であることに気が付くので、「症状」と容易に訳出できます。
次に、ここがメインとなるお話です。
「in toxic shock syndrome, which can have manifestations of multiorgan involvement and has been associated with other viruses」ここです。
まず、「toxic shock syndrome」は専門用語では「毒素性ショック症候群」です。
また、DeepLでは、which以下をそのままの順番でtoxic shock syndromeにかけています。しかし、「多臓器不全の症状を示すことがあり、他のウイルスと関連している毒素性ショック症候群」とすると、文章の構造上違和感を覚えないでしょうか。
まず用語や表現を無視して文章の構造上の話をすると、「多臓器不全を示す」は結果であり、「他のウイルスと関連している」は特徴になります。つまり、結果を書いてから特徴を付け足しているような形になっています。
文構造にこだわるプロの翻訳者なら、特徴―結果の順に訳すと思います。つまりは、「他のウイルスが関与している」が先にきます。「been associated with」もDeepLでは直訳になっていますが、通常with以下が「関与している」と訳します。
そしてそのあとに「多臓器不全に至る場合もある」をつなぎます。結果なので、多臓器不全(の症状)を「示す」よりも、多臓器不全に「至る」と訳出した方が関連性もはっきりし文章の意味がより明確になります。
「can」は「ことがある」よりも「場合がある」とする方が論文らしくなりますので好まれます。
また、最後の締めは「見られます」ではなく医学では「みられる」と平仮名の「である調」を使います。
ポストエディットを行った例:
発熱、紅皮症、遅発性落屑などの川崎病様の症状は、他のウイルスが関与しており、多臓器不全に至る場合もある毒素性ショック症候群でもみられる。
小さな用語・言い方の修正が、最終的に文レベルの修正を要する
続いて3番目のセンテンスです。
原文:Although both Kawasaki’s disease and MIS-C can have cardiovascular involvement, the nature of this involvement appears to differ between the two syndromes.
DeepLによる翻訳:
川崎病とMIS-Cはどちらも心血管障害を起こすことがありますが、この心血管障害の性質は2つの症候群間で異なるようです。
MIS-Cなどの略語は、通常、初出の場合、定義を記載し、その後ろに()付きで略語を入れます。しかし今回DeepLは略語のままの表記でした。
次に、「心血管障害を起こすことがある」は医学の論文としては稚拙な印象を与えます。医学に精通した翻訳者であれば、「~を起こすことがある」ではなく「~が認められる」と訳すところです。
「the nature of this involvement」のinvolvementは障害の内容を言い直さなくても直前のことを指しているので「障害」だけで十分伝わります。
同様に、「appears to differ between the two syndromes」のところも、DeepLではやや冗長な日本語訳になっています。「2つの症候群間で」という直訳風でもあります。ここは、冒頭の川崎病と小児多臓器炎症症候群の2つの疾患のことを言っているので、「疾患により異なる」でよいと思います。
同文の最後も、2番目のセンテンスと同様に「異なるようです」と「です」調になっていますが、ここも「である」調にしたいところです。
ポストエディットを行った例:
川崎病と小児多臓器炎症症候群(MIS-C)ではいずれも冠動脈障害が認められるものの、障害の性質は疾患により異なるようである。
まとめ:文章の意味的構造を考えるのは人力でしかできない
以上、2番目と3番目のセンテンスはいかがでしたでしょうか。
2番目のセンテンスでは文レベルの直しが必要となり、3番目のセンテンスでは、印象として、用語・言い方レベルの課題が最終的に文レベルの修正を要することになったようにみえます。
DeepLは直訳すぎることもなく、いかにも「機械翻訳」であるという印象は強く与えません。しかしながら、やはり文章の意味的構造を考えるのは人力でしかできないという事実と、用語の選択においても医学のバックグラウンド知識が必要となるという事実が見えてきたところで、次回の4番目のセンテンスにつなぎたいと思います。(伊藤)