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May. 02, 2024

伝わるコミュニケーションに向けて~「やさしい日本語」とPlain language~

 

日本に住む外国人の数が増えています。

 

2012年に203万人だったその数は10年で約1.5倍になり、2022年末時点で300万人を突破しました1)。これから労働力不足が進む中で外国人労働者の受け入れが拡大すれば、在留外国人の数はますます増えていくことになるでしょう。

 

増え続ける外国人の方々に安心・快適な生活を送ってもらうためには、日本人に対してとは違うさまざまな工夫が必要になります。特に行政に関する情報やニュースの発信などは、社会正義の観点からも重要です。

 

こうした情報発信の場において、近年では機械翻訳が用いられることが増えてきました。性能が向上し無料で使える機械翻訳は、多言語翻訳に手軽に利用されるようになっています。

 

しかし、こちらの記事でも紹介したとおり、機械翻訳の精度はまだまだ人による翻訳を超えるものではありません。混乱を招いてしまったり、誤った情報を伝えてしまったりすることさえあります。

 

では機械翻訳の代わりに人力で翻訳すればいいかというと、今度は言語選択という別の問題にぶつかります。

 

情報発信に使う言語は外国人それぞれの母語であることが理想的ですが、在留外国人の国籍別内訳からみると上位10の公用語だけで9言語にのぼり1)、それらすべての言語に翻訳するのはコストだけを考えても非現実的です。そのため、地域の需要や特性に応じて英語、中国語、韓国語などに絞らざるを得ません。

 

では、今よりもっと多くの在留外国人に必要な情報を正確に届けるためには、どうしたらいいでしょうか。

 

そこで注目したいのが、本記事のタイトルにもある「やさしい日本語」です。

 

やさしい日本語とは

やさしい日本語は特別な日本語のことではありません。「難しい言葉を言い換えるなど、相手に配慮したわかりやすい日本語」2)のことで、英語では Simple Japanese と言ったりもします。

 

やさしい日本語が注目されたきっかけは1995年の阪神淡路大震災です。日本人の死傷者数は日本人被災者のうち約1%でしたが、外国人の死傷者は2%を超えていました3)。その一因として考えられたのが、日本語を十分に理解できず必要な情報を受け取ることができなかったことです。

 

そうした人達が災害発生時に適切な行動をとれるようにと考え出されたのが、「やさしい日本語」の始まりです。

 

その後、新潟県中越地震(2004年)、東日本大震災(2011年)、熊本地震(2016年)を経て、災害時におけるやさしい日本語での発信が全国に広がりました。また、コロナ渦においても医療や行政の現場で活用されています4)5)

 

昨今では旅行者や在留外国人の増加と共に、災害時や緊急時のみならず平時における情報提供手段としても、ますます注目を集めるようになっています。

 

やさしい日本語のつくりかた

・地震の揺れで壁に亀裂が入ったりしている建物

・地震で壊れた建物

 

どちらも似た意味ですが、後者の「地震で壊れた建物」の方が分かりやすい日本語と言えるのではないでしょうか。それは文構造が簡単で、伝えようとする情報の取捨選択ができているからです。

 

やさしい日本語をつくるには、難しい漢字や専門用語を使わない、略語を避ける、といったことはもちろんですが、このように構造を単純化したり、不要と思われる情報を削除して情報の優先順位を明確にしたりといったプロセスが必要です。

 

そのほかにも、

 

なるべく外来語を使わない:原語と意味や発音の異なるものが多いためです。たとえば日本語のライフラインは生活に必要な設備全般を指しますが、英語の lifeline にその意味はありません

 

不足している情報を補う:「市区町村に書類を提出する」→「市区町村の役所に書類を提出する」

 

など、もとになる日本語に手を加えながら再構成していきます。

 

そうすることで、「易しい」から通じやすい、誰にでも「優しい」日本語がつくられます。

 

やさしい日本語が求められる理由

やさしい日本語が注目され普及が進んでいる理由について、具体的にみてみましょう。

 

1. 外国人にやさしい

相手が外国人であれば英語で話しかけなければならない、そう考える日本人が多いように思います。果たして本当にそうでしょうか。

 

2009年に国立国語研究所が在留外国人に対して実施した「生活のための日本語:全国調査」6)によると、「日常生活に困らない言語」を「英語」と答えた外国人は36.2%、一方で「日本語」の回答は61.7%にのぼりました。

 

また「外国人の日本語での会話力」について法務省が2016年に実施した調査7)では、82.2%が「日常生活に困らない程度以上の会話が日本語でできる」と回答しています。

 

さらに2018年に東京都が実施した調査8)によると、「希望する情報発信言語」として「やさしい日本語」を選んだのは76%、次いで「英語」は68%となっています(ちなみに「機械翻訳された母国語」が12%、「非ネイティブが訳した母国語」が10%です)。

 

こうした数字から、英語を使いさえすれば多くの外国人に情報が伝わるというわけではないこと、そして日本語、特にやさしい日本語に対するニーズが高いことがわかります。

 

つまり日本で外国人と話すときに一番通じるのは英語ではなく日本語なのかもしれず、そう考えると「やさしい日本語」は「英語」よりも有効な情報伝達手段であると言えるのです。

 

2. 日本人にやさしい

やさしい日本語は外国人に対してだけではなく、情報を発信する側である日本人に対してもメリットがあります。

 

前述のとおり日本語を「やさしい日本語」に変換するにはいくつかの基本ルールがありますが、外国語に比べれば習得にかかる時間ははるかに短くて済みます。そのため外国語が分からない日本人であっても、短期間で必要な情報を発信できるようになります。

 

なお、余談ではありますが、日本人に対する情報発信の場においても、やさしい日本語が有効な伝達手段になることがあります。

 

たとえば小さな子どもに対する情報発信。易しい漢字しか使わずに文章構造もシンプルなので、国語として日本語を学習中の児童にも理解がしやすいです。また知的障がい者向けの日本語は、外国人向けの「やさしい日本語」と共通点が多いこともすでに指摘されています9)

 

3. 機械翻訳にやさしい

機械翻訳の精度を上げるのにも、やさしい日本語で書かれた文章は有効です。

 

機械翻訳を活用する際、プリエディットといって「機械が翻訳しやすいように原文を前もって編集する工程」を挟むことがあります。

 

たとえば「急いで走る彼を見た」という文章があったとしましょう。「急いで走る彼」なのか「急いで見た」のか分からないため、機械翻訳した際に書き手の意図とは異なる英文が生成される可能性もあります。そこで「私は急いで、走る彼を見た」とプリエディットすることで、誤訳の可能性を減らし精度を高めます。

 

このように簡潔で分かりやすい文章にするプリエディットは、やさしい日本語をつくるプロセスと類似しています。プリエディットした文章と同様に簡潔で単純な構造の「やさしい日本語」であれば機械翻訳の精度が上がるため、結果として機械翻訳活用の場面が増えることにつながります。

 

外国でもPlain Languageで伝える動き

「やさしい日本語」が少しずつ普及するにつれて政府や自治体が発信する情報は以前よりも読みやすくなっている印象を受けますが、それでも特に紙の文書類は日本人にとってもわかりにくいことがあります。

 

一方で海外に目を向けてみると、こうした問題に対しより積極的に取り組んでいる事例を確認できます。

 

たとえばアメリカでは、平易な言葉や文章を推進する動きの一つとして、政府機関の文書をわかりやすく書くことを義務付けた法律(Plain Writing Act of 2010)が2010年に可決されました。

 

明確なコミュニケーションを普及させることを目的として設立された非営利団体の Center for Plain Language の調査10)によると、この法の施行後には多くの政府機関の文章が読みやすいものへと改善しています。

 

またニュージーランドでは、公共機関に対し、想定される利用者にわかりやすい言葉で(appropriate to the intended audience)、簡潔明瞭に(clear, concise)、よく整理された(well-organised)文書を求める Plain Language Act が、20234月に成立しています11)

 

あるいはカナダでは野党党首のピエール・ポワリエーヴル氏が、自身が首相に当選した暁には分かりやすい言葉の使用を政府機関に義務づける法律を可決させると述べています12)

 

法律以外の取り組みも盛んです。

 

ドイツでは政府のWebサイトで、ドイツ語のほかに英語、フランス語と並んで Leichte Sprache(平易な言語)を選ぶことが可能になっています13)

 

上述のアメリカとニュージーランドでは、それぞれ ClearMark Awards14) Plain Language Awards15) という賞を制定し、平易な文章で発信する公的機関や民間団体を表彰しています。

 

またニュージーランドの People First New Zealand という団体では、文書をわかりやすい平易な表現に「翻訳」する事業(Easy Read translation service)を提供しており16)、政府や自治体なども利用しています。

 

こうした取り組みに触発されてか、日本でもすべての省庁で「外国人向けの行政情報・生活情報の更なる内容の充実と、多言語・やさしい日本語化による情報提供・発信を進める」ことを決めました17)2024年度には地方自治体の窓口業務における「やさしい日本語」に関する研修教材がつくられるようです18)

 

現場のみならず、国のリーダーシップによる「やさしい日本語」の推進にさらなる期待が寄せられます。

 

伝わるコミュニケーションに向けて

冒頭で示したとおり、これから在留外国人の数はますます増えることが予想されます。そしてその数に比例して、やさしい日本語を使う必要性と機会も増えることでしょう。

 

一方で、多言語での情報提供もこれまで通り重要であることは言うまでもありません。コミュニケーションの導入としてやさしい日本語を使い、複雑なことを伝える際は多言語化された資料を用意するなど、使い分けも必要です。

 

翻訳サービスを提供する側としては、高品質な多言語への翻訳を手に入りやすい価格で提供する努力はもちろんのこと、やさしい日本語への翻訳を提案し、提供できる準備をしておく必要があるでしょう。

 

翻訳者として、伝わるコミュニーションに向けてできることはまだまだたくさんあります。翻訳の現場で具体的な取り組みを積み重ねていくことにも、多文化共生社会の実現に向け大きな意味があるはずです。

 

執筆:田村嘉朗
大手通信会社ロンドン支社勤務を経て、2013年より翻訳者として活動
専門は通信、マーケティング

参考URL
1) 出入国在留管理庁:国籍・地域別 在留外国人数の推移
https://www.moj.go.jp/isa/content/001393064.pdf
2) 千葉市:やさしい日本語の活用
https://www.city.chiba.jp/somu/shichokoshitsu/kokusai/tabunka_yasashinihonngo.html
3) 出入国在留管理庁・文化庁:在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン
https://www.bunka.go.jp/seisaku/kokugo_nihongo/kyoiku/pdf/92484001_01.pdf
4) 順天堂大学:【医療で用いる「やさしい日本語」】新型コロナウイルス検査編
https://www.youtube.com/watch?v=nwne978lJBc
5) 神奈川県:新型(しんがた)コロナウイルス(COVID-19)について(やさしい日本語)
https://www.pref.kanagawa.jp/docs/k2w/covid19/ja.html
6) 独立行政法人国立国語研究所:「生活のための日本語:全国調査」 結果報告
https://www2.ninjal.ac.jp/past-projects/nihongo-syllabus/research/pdf/seika_sokuhou.pdf
7) 平成28年度法務省委託調査研究事業:外国人住民調査報告書
https://www.moj.go.jp/content/001226182.pdf
8) 東京都国際交流委員会:東京都在住外国人向け 情報伝達に関するヒアリング調査報告書
https://tabunka.tokyo-tsunagari.or.jp/info/files/a70d5ac7db12bd5c538a3b38f2a01613c262657e.pdf
9) 言語処理学会 第22回年次大会 発表論文集:知的障害者向け「わかりやすい」情報提供と外国人向け「やさしい日本語」の相違 ―「ステージ」と「NEWSWEB EASY」の比較分析から―
https://www.anlp.jp/proceedings/annual_meeting/2016/pdf_dir/P20-1.pdf
10) Center for Clear Language:Report Card Grades Across 10 years
https://centerforplainlanguage.org/2021-federal-plain-language-report-card/report-card-grades-across-10-years/
11) Public Service Commission:Plain Language Act 2022: Guidance for agencies
https://www.publicservice.govt.nz/guidance/plain-language-act-2022-guidance-for-agencies/
12) National Post:Pierre Poilievre to require use of plain language in government if elected prime minister
https://nationalpost.com/news/politics/pierre-poilievre-to-require-use-of-plain-language-in-government-if-elected-prime-minister
13) Bundesregierung:Bundes-Presses-Amt: Informationen in Leichte Sprache
https://www.bundesregierung.de/breg-de/leichte-sprache
14) Center for Plain Language:ClearMark Awards
https://centerforplainlanguage.org/awards/clearmark/
15) WriteMark Plain English Awards Trust:Plain Language Awards
https://www.plainlanguageawards.org.nz/
16) People First New Zealand
https://www.peoplefirst.org.nz/what-we-do/easy-read-p%C4%81nui-m%C4%81m%C4%81
17) 法務省だより あかれんが Vol.71
https://www.moj.go.jp/KANBOU/KOHOSHI/no71/2.html
18) 日本経済新聞:政府、「やさしい日本語」促進へ 在留外国人の拡大背景
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA2512I0V20C23A9000000/


 



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