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2020 Dec. 15

【調査力の重要性】翻訳は調べ物が命です

 

「翻訳は調べ物が命」だと!?
いくらなんでもオーバーじゃないか?

もしかしたらそう思われたかもしれません。

ところがですね、あながち誇張して書いているつもりでもありません。

私が最近読んだ『最新版 産業翻訳パーフェクトガイド』では、「翻訳作業の7~8割は調べ物」とまで言っています。

 

 

翻訳に調べ物はつきもの。産業翻訳はどのジャンルでも専門性が高い文書が多く、作業の7~8割は調べ物と言われる。
(出典:『最新版 産業翻訳パーフェクトガイド』 52ページ1
*執筆者注:産業翻訳は、ビジネスの現場で発生する翻訳需要を対象にする。翻訳市場の約9割の需要を占めていると言われる。

 

7~8割!?嘘でしょ?

 

そう思われた方、私が最近友人の依頼で短文を英訳した話をぜひお読みください。

 

短い1つの文章にどれだけの調べ物が必要だったか、それを知って頂ければ「翻訳は調べ物が命」だということを納得頂けると思います・・・

 

***


「英語できるんだよね?すごく簡単な文章だから、ちょっとこれ訳してよ」

居酒屋を経営している友人から依頼されたのは、店頭に出すポスターの英訳でした。文章は次のようなもの。

<当店では新型コロナウイルス感染症対策を実施しています。3密緩和のため、いつもより席を離して営業しています。>

この文章を読んだ際、「3密」の英訳はきちんと調べる必要があると思いました。そこで、依頼してきた友人に「時間が欲しいので、週末まで待って」と告げると、

「え、英語出来るんでしょ?この短い1文、さっと英語に出来ないの?」

でましたよ、でました。

世間の人たちが<翻訳>に対して抱いているイメージに違和感を覚えることが多々あるんですが、この友人のリアクションがその違和感を見事に象徴しています。

それは、「語学力があれば翻訳はできる」と思っている人が多いということ。

実際には、こちらの記事でも書いていますが、語学力があっても翻訳ができるとは限りません。語学力と翻訳力は別のものなんです。

翻訳者に聞いてみた #001「外国語が分かれば、翻訳なんて誰でもできるんじゃないの?」

まぁ、とはいえ、これを一から友人に説明するのも時間がかかります(そもそも、その友人からそんなこと求められてもいませんし・・・)。

ということで、なるべく早く翻訳するということで納得してもらい、英訳に取りかかりました。

 

3密の英訳を「調べる」

密閉・密集・密接を意味する「3密」。

今や説明するまでもないほど日本では認知されていますが、新型コロナウイルスの感染拡大期に避けるべき対象として日本政府が掲げたスローガンです。

この「3密」をオンラインの英和辞典で調べると、”three Cs” とありました。

それぞれの “C” は、closed spaces(密閉空間)、crowded places(密集場所)、close-contact settings(密接場面)を表しているようです。

厚生労働省のWebサイトにも掲載されていることが確認できました2), 3)


 
(出典:厚生労働省)

これで「3密」の英訳は ”three Cs” だと分かったのですが・・・。

ただですね、「3密」に合わせてわざわざ3つの “C” をこじつけた印象もしなくはない(失礼!)。

そこで、実際に海外で使用されているのかどうかを確認するため、”three Cs” をGoogleでフレーズ検索してみました。

するとヒットするのは、WHOを除いて日本語のサイトばかり。

英語で書かれていても、日本のメディアが自分たちの記事を英訳したものだったり、各都道府県の英語サイトだったりします。少なくとも検索結果の上位20件には、海外メディアが ”three Cs” を使っているのを確認することが出来ませんでした(2020年11月時点)。

「もしかしたら ”three Cs” としても、英語話者には意味が伝わらないかもしれない」

そう思った私は、念のために海外に住むイギリス人の友人に確認してみました。

すると「何それ?social distancingのこと?」との返信が。

はい、懸念が的中しました。

やはり ”three Cs” は英語話者には馴染みがない可能性がある。となると、当然のことながら伝わらない可能性があるということになります。

「3密」の意味を改めて確認するならば、それは多くの人がいる密閉された場所を避け、人との距離を取ろうということです。その意図するところが “three Cs” で伝わらないならば、翻訳する意味はありません。

翻訳の目的は、あくまで原文の内容を「伝えること」にあります。翻訳すること自体は目的ではない。

翻訳の原点に立ち返って伝わる英語を考えた結果、「3密」を “three Cs” に置き換えるよりも、流布しているシンプルな表現 “social distancing” を使った方がいいという考えに至りました。

そうこうしてやっとこさ、無事に英訳を終えることができたのです。ふー、一件落着。

***

さて、いかがでしたでしょうか?

→ 「3密」をまず辞典で調べ、その後に
→ 厚生労働省のWebサイトを調べ
→ 実際に海外でも使われているのか、Googleでフレーズ検索して調べ
→ 人に聞いて調べる

「翻訳作業の7~8割は調べ物」というのも誇張ではないと、納得いただけたでしょうか?

そうですか・・・

疑り深い読者様のために(失礼!)、私の専門である通信分野から、用語を調査するもう一つの具体例を挙げさせていただきます。

 

専門用語を「調べる」

たとえば次のような文章があります。

Last mile network, also called the Access Network. This is where the internet reaches the end users,・・・
(国際電気通信連合(ITU)の資料より引用)

冒頭の “last mile network”、どう訳せるでしょうか?「最後1マイルのネットワーク」でしょうか?

“last mile” を英和辞書で調べると、次のようにあります。

last mile: 独房から処刑場まで罪人が歩く距離
(ランダムハウス英和大辞典 第2版)

ITUの通信関連の資料で、処刑場や罪人といったテーマを扱うことは考えにくいので、さらに調査を進めます。

英英辞書で調べてみると

COMMUNICATIONS
the last stage in providing services such as cable television and broadband to homes and businesses
(Cambridge Dictionary)
執筆者仮訳:ケーブルテレビやブロードバンドなどのサービスを加入者宅に届けるための最後の区間

通信の分野ではこのような意味で用いられていることが分かりました。“last mile” をGoogle検索すると、実際の通信分野でもこの意味で使用されていることが確認できます。

次に “last mile” にどういった日本語訳を当てればいいかを考えます。

英語版ウィキペディアの “last mile” のページ4)から日本語版ウィキペディアのリンクをクリックすると、「ラストワンマイル」と出てきます5)

「ラストワンマイル」でGoogle検索すると、確かに通信分野で上述の意味で使われていることが確認できました。

裏取りのため、専門用語辞典で「ラストワンマイル」を確認すると、

ラストワンマイル:各種通信回線のうち、ユーザー宅に引き込む部分のこと。通信事業者から見ると末端に位置するため「ラスト」という。
(通信ネットワーク用語辞典 改定第5版)

英英辞典の定義とも同じですので、“last mile” は「最後1マイル」ではなく「ラストワンマイル」と訳出した方が良さそうだと判断できます。

最後に “Last mile network” の訳出を考えます。

「ラストワンマイルのネットワーク」も間違いではありませんが、今まで調べた内容から、「ラストワンマイル」は通信回線の最後の部分であり末端部分だということが分かっています。

よって、“Last mile network” の訳は「通信回線のラストワンマイル部分」がより適訳といえるでしょう。

さて、“Last mile network” という用語の訳出プロセスをまとめてみると・・・

→ 英和辞書を調べ
→ 英英辞書を調べ
→ 実際に使われているのか、Googleでフレーズ検索して調べ
→ 専門用語辞典で調べ
→ そして訳語を考える

翻訳というと、辞書を調べて訳文を考えるというプロセスばかりを思い浮かべる方も多いと思います。

しかしながら、これまで見てきたとおり、そのプロセスには多くの「調べ物」が必要なことがお分かりいただけたのではないでしょうか。

 

翻訳は調べ物が命

翻訳というと、たとえば英日翻訳では、スキルとして英語力と日本語力に着目されがちです。ところが実際の産業翻訳の現場では、訳文を考えるよりも調べ物に時間を費やすことの方が多く、この調査力の重要性はあまり知られていません。

もちろん、全ての用語を一から調べ尽くしているということではありません。そんなことをしていては、翻訳の依頼にスピード感をもって応えることができないからです。

そのため、産業翻訳に携わる翻訳者の多くはそれぞれ専門分野(例:法律、金融、IT、工学、医療など)を持っており、専門知識を駆使してスピーディな翻訳に活かしています。

とはいえ、産業翻訳においては、知らないことがまったくない原文など滅多にないのが現実です。そのため翻訳者は、日々自らの専門知識をアップデートしながらも、未知のことについては徹底的に調査するのです。

インターネットを駆使するのはもちろん、図書館で専門文献にあたったり、人に話を聞いたりすることもあります。

翻訳者の間でもさまざまな意見がありますが、私の意見としては、翻訳するうえで一番重要なのはこの調査力だと考えています。たとえ英語の理解でつまずくことがあっても、適切な日本語表現がわからなくても、それも調査すれば解決することが多いのですから。

さて、翻訳は調べ物が命であること、納得していただけたでしょうか?

 

執筆:田村嘉朗
大手通信会社ロンドン支社勤務を経て、2013年より翻訳者として活動
専門は通信、マーケティング

 

参考書籍・URL

1. <最新版>産業翻訳パーフェクトガイド イカロス出版(2019/9/28)

2. 厚生労働省:3つの密
日本語:https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000614802.pdf
英語:https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000619576.pdf

3. 20200120 - ITU Last-Mile Internet Connectivity Toolkit – Revised
https://www.itu.int/en/ITU-D/Technology/Documents/RuralCommunications/20200120%20-%20ITU%20Last-Mile%20Internet%20Connectivity%20Toolkit%20-%20DraftContent.pdf

4. Wikipedia: Last mile
https://en.wikipedia.org/wiki/Last_mile

5. Wikipedia: ラストワンマイル
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%AB

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