製品をグローバル市場に展開する上で、多言語の取扱説明書は欠かせません。しかし、取扱説明書翻訳には専門用語の一貫性や、正確な手順の記述が求められるため、多くの手間とコストがかかります。
従来から、この分野では機械翻訳(MT)の技術が積極的に活用され、人間がその翻訳を修正するポストエディット(MTPE)という手法が主流でした。しかし、AI技術が飛躍的に進化した今、マニュアル翻訳のあり方はさらに変化しています。
本記事では、AIがもたらす「新たな取扱説明書翻訳スタイル」に焦点を当て、従来手法との違い、AIのさらなる活用法、そして人間が果たすべき役割について詳しく解説します。
目次
・取扱説明書翻訳の特徴と従来の課題
・従来型のMTPEとAI時代の新たなMTPE
-AI翻訳が特に力を発揮する分野
-AI翻訳 + 人間のチェックが必要なもの
-人間によるトランスクリエーション
・主要言語ごとのAI翻訳と人間の翻訳の相性(取扱説明書翻訳)
・翻訳サービス8分類:各層の特徴と相性(効率やコストの視点を含む)
・取扱説明書の翻訳の際の注意点、ポイント
・人間の翻訳者(監修者)が不可欠な分野
・取扱説明書翻訳におけるAIと人間の最適な使い分け
・取扱説明書の翻訳見積もりを依頼する際のポイント
・取扱説明書翻訳に関するよくある質問(FAQ)
取扱説明書翻訳の特徴と従来の課題
取扱説明書は、製品の正しい使い方、安全な取り扱い、トラブルシューティングをユーザーに伝えるための重要な文書です。翻訳においては、以下の点が特に重要視されます。
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一貫性: 製品名、部品名、専門用語が文書全体で統一されている必要があります。
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正確性: ユーザーが安全に製品を使用できるよう、手順や警告文が正確に翻訳されている必要があります。
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簡潔性: 誰でも理解できるように、簡潔で分かりやすい表現が求められます。
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膨大な量: 製品の機能が複雑化するにつれて、マニュアルのページ数も増大し、翻訳作業の負担が増加します。
こうした課題を解決するため、取扱説明書翻訳では、翻訳メモリや用語集を活用したポストエディット(MTPE)が主流となってきました。
従来型のMTPEとAI時代の新たなMTPE
従来型のMTPE
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プロセス: 翻訳メモリやルールベースの機械翻訳エンジンが生成した翻訳文を、人間の翻訳者が修正する。
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主な役割: 翻訳の精度や文法の誤りを修正する作業が中心。
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課題: 機械翻訳エンジンの質に大きく依存し、修正箇所が多くなると作業負担が増加する。
AI時代の新たなMTPE
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プロセス: AIが文脈を深く理解し、より自然で高品質な翻訳を生成。人間はそれを基に、より専門的な観点からのレビューや調整に集中する。
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主な役割:
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品質管理: AIでは判断が難しい文化的ニュアンスや、ブランドのトーン&ボイスに合わせた調整。
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専門用語の監修: 業界固有の用語や、新しい技術用語の最終的なチェック。
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安全性の確認: 警告文など、安全に関わる重要な表現が適切かを最終確認。
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メリット: AIが高品質なベース翻訳を生成するため、人間の作業負担が大幅に軽減され、翻訳者がより高度な「監修者」や「編集者」としての役割を担うことが可能になります。
AI翻訳が特に力を発揮する分野
進化を続けるAI翻訳は、取扱説明書翻訳の特定の分野で特に高い効果を発揮します。
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定型的な手順や機能説明: 「電源ボタンを押してください」「カバーを取り外します」といった、定型的な構文で記述される手順や、製品の機能説明文。
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FAQやトラブルシューティング: 「〜が点灯しない場合はどうすればいいですか?」といった、パターン化された質問と回答。
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大量のテキストの一次翻訳: 大規模なマニュアルの概要を短時間で把握したい場合。
AIの活用により、これらの分野の翻訳コストと時間を大幅に削減し、人間はより付加価値の高い作業に集中できます。
AI翻訳 + 人間のチェックが必要なもの
AI翻訳で一次翻訳を行い、人間が専門的な観点からチェック・修正するハイブリッドなアプローチは、コストと品質のバランスが重要となるマニュアル翻訳で非常に有効です。
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製品の安全に関する注意書き: AIでベースを翻訳した後、人間が法的・技術的な観点から表現の正確性を確認します。
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ユーザーインターフェース(UI)の説明: 専門用語の一貫性や、画面表示との整合性を保つために、人間のチェックが必要です。
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製品パッケージの翻訳: AI翻訳でベースを作成し、人間がブランドのトーン&ボイスに合わせた表現に調整します。
人間によるトランスクリエーション
取扱説明書は一般的にトランスクリエーションの対象とはなりにくい文書ですが、製品のブランディングを目的とした部分、例えば製品のコンセプト文やキャッチコピー、パッケージの訴求文などには、ターゲット市場に合わせた創造的な再表現(トランスクリエーション)が有効です。これにより、製品の魅力を最大限に引き出すことができます。
主要言語ごとのAI翻訳と人間の翻訳の相性(取扱説明書翻訳)
言語 | AI翻訳(MTO)との相性 | MTPE(AI+人チェック)との相性 | 人間翻訳の必要性 |
英語 | ◎高い | ◎非常に高い 定型的なマニュアルではAI翻訳の精度が高く、MTPEで効率的な翻訳が可能。 |
安全に関わる警告文、法的リスクを伴う記述など。 |
中国語 | 〇中程度 | ◎高い MTPEで効率化を図りつつ、簡体字・繁体字の使い分けや、製品の安全に関する表現の適切さを人間がチェックすべき。 |
製品の安全性や法的な正確性が求められる記述。 |
韓国語 | ◎高い | ◎非常に高い 日本語と文法が似ており、AI翻訳の精度は良好。専門用語やUIに関する表現の一貫性を人間が確認する。 |
製品の安全に関する記述、専門性の高い医療機器のマニュアルなど。 |
タイ語 | △低い~〇中程度 | 〇中程度 AI翻訳の精度がまだ低いため、人間による丁寧なポストエディットが不可欠。特に技術用語や警告文の正確性を入念にチェックすべき。 |
製品の安全に関する全ての記述、技術的に複雑な部分。 |
ベトナム語 | △低い~〇中程度 | 〇中程度 タイ語と同様にAI翻訳の精度に課題があるため、MTPEで効率化しつつ、人間が専門用語や手順の正確性を入念に確認する。 |
安全性に関する記述、複雑な技術的解説。 |
フランス語 | ◎高い | ◎非常に高い AI翻訳の精度は高く、MTPEで大幅な効率化が可能。ただし、洗練されたマニュアル表現や専門用語の確認は人間が行うべき。 |
警告文、法律に関わる記述など。 |
スペイン語 | ◎高い | ◎非常に高い AI翻訳の精度は高いが、スペインと中南米で異なる用語があるため、ターゲット地域に合わせた調整を人間が行う必要がある。 |
警告文、地域ごとの法律に関わる記述。 |
インドネシア語 | 〇中程度 | 〇中程度 AI翻訳の精度は向上しているが、MTPEで効率化しつつ、技術的な用語の一貫性や、文化的に不適切な表現がないかを人間がチェックすべき。 |
安全に関する記述、技術的な詳細説明。 |
翻訳サービス8分類:各層の特徴と相性(効率やコストの視点を含む)
分類 | 料金相場の特徴 | 主な強み・特徴 | 取扱説明書翻訳との相性(効率・コスト視点) |
1.大手翻訳サービス | 高め(標準~高単価) | 豊富な実績、専門分野に特化した翻訳者、品質管理体制、大規模案件対応、各種認証取得 | 相性:◎(確実性・専門性) 医療機器、航空機部品など、専門性と高い品質が求められる重要マニュアルに最適。 |
2.専門特化型翻訳サービス | 中~高め | 特定分野(例:機械、IT、医療)に特化し、その分野の専門知識を持つ翻訳者が多数在籍 | 相性:◎(専門性・品質) 高度な技術マニュアルや特許関連文書など、専門知識が不可欠な場合に最適。 |
3.中小規模の翻訳サービス | 中程度 | 大手より柔軟な対応、コストパフォーマンス、特定の言語ペアやニッチな分野に強みを持つことが多い | 相性:〇(コスト効率) 一般的な家電製品のマニュアルなど、専門性よりコストとスピードを重視する場合に有効。 |
4.フリーランス翻訳者 | 幅広い(低~高単価) | 料金交渉の余地、直接コミュニケーション、特定の専門性や迅速な対応が可能な場合がある | 相性:△~〇(柔軟性) 短納期で少量のマニュアルの一部を翻訳したい場合に有効。ただし、翻訳者の質を慎重に見極める必要がある。 |
5.クラウドソーシングサイト | 安め(非常に安価な場合も) | 多様な翻訳者が登録、低コストで迅速な納品、様々な言語に対応可能 | 相性:△(速さ・コスト) 非公式な社内資料や、内容を大まかに把握するための翻訳に検討可能。重要マニュアルにはリスクが高い。 |
6.機械翻訳+ポストエディットサービス(MTPE) | 安め(フル翻訳の50~80%程度) | AIによる高速翻訳をベースに人間が修正するため、速度とコストのバランスが良い、大量の文書に対応可能 | 相性:◎(効率・コスト削減) 大量かつ定型的な表現が多いマニュアル翻訳に最適。コストを大幅に削減しつつ、一定の品質を確保できる。 |
7.翻訳支援ツール(CATツール) | (ソフトウェア費用のみ) | 翻訳メモリや用語集を活用し、翻訳の一貫性向上と効率化、将来のコスト削減に繋がる | 相性:◎(内製化・一貫性) マニュアルの改訂が多い企業向け。過去の翻訳資産を再利用することで、長期的にコストと品質を最適化できる。 |
8.社内翻訳者・バイリンガル社員 | (人件費) | 社内情報へのアクセス、迅速な対応、企業文化や業界知識を深く理解している、機密性の高い文書も対応可能 | 相性:〇(即応性・機密性) 機密性の高いマニュアルや、急ぎの簡単な部分の翻訳に有効。ただし、多言語や高度な専門性には限界がある。 |
取扱説明書の翻訳の際の注意点、ポイント
取扱説明書翻訳を成功させるためには、以下の点に注意しましょう。
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専門用語の統一: 製品名や技術用語は、マニュアル全体で一貫した訳語を使用することが極めて重要です。翻訳メモリや用語集を積極的に活用しましょう。
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レイアウトの維持: 図表やグラフ、スクリーンショットを含むマニュアルの場合、元のレイアウトを維持した翻訳を依頼することで、再編集の手間を省けます。
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視覚的要素との連携: 図表やグラフ、画像に付随するテキストも正確に翻訳されているか確認しましょう。
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簡潔な表現: 技術的な内容であっても、できるだけ簡潔で分かりやすい表現を心がけることで、ユーザーの理解を促します。
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校正・レビューの徹底: 特に安全に関わる重要な記述については、ネイティブスピーカーや技術専門家による最終的なチェックを必ず行い、誤訳や不自然な表現を徹底的に排除します。
人間の翻訳者(監修者)が不可欠な分野
AI技術がどれだけ進化しても、人間の翻訳者(監修者)が果たすべき役割は決してなくなりません。特に以下のような分野では、人間の専門知識と判断力が不可欠です。
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警告文や安全に関する記述: 誤訳が事故や訴訟につながる可能性があるため、極めて高い正確性が求められます。法的なリスクを回避するためにも、人間の最終確認は必須です。
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複雑な技術や専門分野の解説: 医療機器や航空宇宙関連など、専門性の高い分野のマニュアルでは、その分野に精通した人間でなければ理解できない文脈やニュアンスが存在します。
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ブランドのトーン&ボイス: ブランドイメージを保つために、マニュアルの表現方法や用語の選択に一貫性を持たせる必要があります。
取扱説明書翻訳におけるAIと人間の最適な使い分け
取扱説明書翻訳の新たなスタイルは、AIと人間がそれぞれの強みを活かして協力する「ハイブリッド・コラボレーション」にあります。
翻訳プロセス | 担当者 | 役割 |
用語集・スタイルガイドの作成 | 人間 | 専門用語やブランドのトーンを定義し、翻訳の一貫性を担保する。 |
ベース翻訳の生成 | AI | 膨大なテキストを高速で翻訳し、高品質な一次翻訳を作成する。 |
ポストエディット・レビュー | 人間(専門家) | AI翻訳の精度をチェックし、安全性、専門性、文化的適合性の観点から最終調整を行う。 |
品質管理・最終承認 | 人間(プロジェクトマネージャー) | 最終的な翻訳品質を確認し、納品を承認する。 |
この新しいワークフローにより、翻訳作業の効率が飛躍的に向上するだけでなく、より高品質で信頼性の高い翻訳物の提供が可能になります。
取扱説明書の翻訳見積もりを依頼する際のポイント
取扱説明書翻訳を依頼する際は、以下の点を明確に伝えることで、最適なサービスと見積もりを得られます。
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原文のデータ形式: Word、InDesign、XMLなど、原文データの形式。
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過去の翻訳資産: 過去の翻訳メモリや用語集の有無。これらがあればコストを大幅に削減できます。
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専門分野: 製品の専門分野(例:医療、IT、製造業)を具体的に伝えます。
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希望する翻訳品質: 完全なネイティブチェックが必要か、MTPEで十分かなど、求める品質レベルを伝えます。
取扱説明書翻訳に関するよくある質問(FAQ)
Q1: 翻訳メモリがなくてもMTPEは可能ですか?
A1: はい、可能です。AI翻訳エンジンが元のテキストを翻訳し、それを人間の翻訳者が修正するプロセスは、翻訳メモリがない場合でも有効です。
Q2: 納期を短縮するにはどうすれば良いですか?
A2: 複数の翻訳者で分担して作業を進めることや、MTPEを活用することで大幅な納期短縮が可能です。
Q3: 取扱説明書のレイアウトはどうなりますか?
A3: 多くの場合、元のレイアウトを保ったまま翻訳を反映させることが可能です。InDesignなどのDTPデータでの納品も依頼できます。
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