先月6月はLGBTQ+プライド月間として、世界各地でパレードが行われました。多様性の観点からもLGBTQ+への理解を深めることは大切ですが、海外ビジネス支援の側面においても重要な視点となります。
LGBTQ+の人口は、約13人に1人といわれており、世界人口の約8%を占めています。海外市場において、LGBTQ+を意識したマーケティング戦略が求められることもあるでしょう。
本記事では、LGBTQ+、特にドラァグカルチャーに見られる多様性やインクルージョン(それぞれの個性や能力が尊重・受容されることで活躍できている状態)の重要性を取り上げ、それらを海外ビジネスでどのように活かせるかをご紹介していきます。
LGBTQ+とは
LGBTQ+は性的少数者を表す総称の一つであり、それぞれの頭文字から構成されています。
LGBTQIA+と呼ばれることもあります。
L: レズビアン(女性同性愛者)
G: ゲイ(男性同性愛者)
B: バイセクシャル(両性愛者、もしくは同性と異性両方に惹かれる人とも)
T: トランスジェンダー(性自認や自己表現が出生時に割り当てられた性と異なる人)
Q: クィア(既存の性別や性的指向の枠組みに当てはまらない人々の総称)、もしくはクエスチョニング(性自認や性的指向を探索している過程にある人)
I: インターセックス(身体的性が一般的に定められた男性・女性の中間、もしくはどちらとも一致しない状態の人々)
A: アセクシュアル(誰にも性的興味を持たない人)
+: 上記以外に多様な人々がいることを表しています
LGBTQ+の文化は、古代から現代に至るまで、世界各地で複雑な変遷を遂げてきました。その道のりは、受容と迫害、可視化と不可視化を繰り返し、決して平坦なものではありませんでした。昨今、日本でもLGBTQ+の当事者やテーマを取り扱うドラマやリアリティ番組が増えてきましたが、LGBTQ+の権利拡大が早かったヨーロッパやアメリカではもっと前から、LGBTQ+の文化に注目が集まっていました。
中でもLGBTQ+の存在を大衆文化に大きく広めたとされるのが、ドラァグクイーン(主に男性が、誇張されたメイクや衣装で女性らしさを表現するパフォーマー)のトーナメント形式リアリティ番組である「ル・ポールのドラァグ・レース(RuPaul's Drag Race)」です。これは、アメリカで2009年の放映開始以来、現在17シーズン目を迎える長寿番組です。また、17ヶ国以上でスピンオフ版が制作されており、世界中で多様性の理解に大きく貢献しています。
新時代の多様性とビジネス戦略
ドラァグとは、例えば男性が女性の姿をするような単なる「異性装」ではなく、ファッション、メイク、ダンス、コメディー、演劇といった要素を融合させ、ジェンダーの規範を打ち破り、自己のアイデンティティを最大限に表現する総合芸術といえます。
また、その根底には、多様性やインクルージョンといった、社会とビジネスが向き合うべき重要なテーマが根付いており、社会の押し付ける「男らしさ」「女らしさ」といった枠組みに疑問を投げかけ、観る者に「自分らしくあること」の強さや美しさを伝えているといえるでしょう。
「ル・ポールのドラァグ・レース」を主催するル・ポール・チャールズは、1990年代にトップモデルとして活躍し、64歳になった現在も、俳優や歌手、タレント、LGBTQ+の活動家として名を馳せています。Macコスメティックスやバレンシアガといった有名ブランドとのコラボレーションも有名です。「ル・ポールのドラァグ・レース」が人気を得た理由は、LGBTQ+の文化的・社会的な背景を残しつつ、巧みにエンターテイメントに昇華させた点にあります。
一見、LGBTQ+の文化と海外ビジネスは無関係に思えるかもしれません。しかし、グローバル市場で成功を目指す企業にとって、このカルチャーへの理解は、新時代のビジネス戦略を築く上で重要な文化リテラシーとなり得ます。
LGBTQ+市場におけるビジネス戦略
欧米やラテンアメリカ、タイといった市場は、LGBTQ+コミュニティが大きな影響力と購買力を持つ市場といわれています。LGBTQ+の購買力や消費意欲は、ピンクマネー(Pink Money)と呼ばれています。性的マイノリティの人口は、世界人口の約8%を占め、その経済規模は世界で数兆ドルにのぼるといわれています。注目すべき市場であり、その市場で効果的なマーケティングを行うには、その価値観を理解する必要があります。
そのことについて、
①ピンクウォッシングとオーセンティシティ
②市場ごとのローカライゼーション
③多様なバックグラウンドを持つ人材との協働
④LGBTQ+特有の言葉とトランスクリエーション
⑤LGBTQ+市場調査における言葉の多様性
の5点に分けてご紹介していきます。
- ピンクウォッシングとオーセンティシティ
単にロゴやバナーをLGBTQ+のテーマカラーである虹色にするだけでは、「ピンクウォッシング(見せかけだけの支援)」と見なされることがあり、ブランドイメージを損なう可能性もあります。コミュニティの歴史や文化に敬意を払い、オーセンティック(本物、誠実)な形で連帯を示す姿勢が求められます。企業がLGBTQ+コミュニティのメンバーを広告に起用する際も、メンバーの個性やメッセージ性を尊重することが、消費者の共感を得る鍵となります。
- 市場ごとのローカライゼーション
LGBTQ+やドラァグカルチャーに対する受容度や文脈は、国や地域によって大きく異なります。社会の多様性の象徴として祝福されることもあれば、進歩的な市場では表現を誤ると陳腐に映り、企業の姿勢が表層的だと見なされる可能性もあります。
逆に、保守的な市場では、その国の文化や価値観への配慮を欠いていると受け取られるリスクもあります。グローバルで画一的なメッセージを発信するのではなく、それぞれの市場の文化的背景をリサーチし、慎重にコミュニケーション戦略をローカライズし調整することが不可欠です。
- 多様なバックグラウンドを持つ人材との協働
海外の取引先や現地法人の従業員と協働する上で、多様な文化的視点を持つことは大切です。多様なメンバーで構成されるということは、なおさら自分の持つ「当たり前」が、相手にとってはそうではないかもしれないということです。この視点を持つことは、固定観念やアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)を乗り越え、真にインクルーシブな協働環境を創り出すために欠かせません。
LGBTQ+に関する知識は、相手のアイデンティティを尊重するための第一歩といえます。例えば、he/him、she/her、they/themなどのプロナウン(ジェンダー代名詞)の適切な使用や、ジェンダーを特定しないインクルーシブな言葉遣いは、相手への敬意を示し、信頼関係を築く上で重要です。最近ではZoom上の自分の名前の横や、SNSのプロフィール欄でもプロナウン表示機能が追加されています。プロナウン代名詞については、6月の言葉(カナダ先住民の日、外国人雇用啓発月間、LGBTQ+プライド月間)の記事もご参照ください。
- LGBTQ+スラングとトランスクリエーション
前述の「ル・ポールのドラァグ・レース」でもみられますが、LGBTQ+コミュニティ内で使われ、独自の発展を遂げた表現が多く存在します。ドラァグ・レースや「POSE」といった番組、またLGBTQ+当事者の芸能人やインフルエンサーのメディア出演が増えたにつれ、コミュニティ外にも広まり、今では一般的に多くの人に使われるようになったスラングもあります。
・Shade: 単なる「悪口」ではなく、巧妙でウィットに富んだ「皮肉」
・Tea: 「ゴシップ」や「裏話」
・Sashay Away: 番組のホストであるル・ポールが、脱落したクイーンに告げる決め台詞。「優雅に去りなさい」という意味合い。
・Mother: 女性のセレブや友達のファッションや偉業を褒めたたえる最上級の誉め言葉。
なお、「Mother」や「Shade」は1960年代にアフリカ系とラテン系アメリカ人のLGBTQ+コミュニティの中で定期的に開催された「ボール(ball)」というパーティーイベントからなる文化や、アフリカ系アメリカ人英語(AAVE)から発展したとされ、気軽に番われるスラングの中にも深い歴史や文化を垣間見ることができます。
これらの言葉を直訳しても、その面白さや文化的なニュアンスは決して伝わりません。文化的背景やターゲット言語の文脈理解、コンセプトを再構築するトランスクリエーションなどが求められます。マーケティングのキャッチコピーや映像コンテンツのローカライズにおいて、こうした文化の機微を捉えることは、他社との決定的な差別化要因となるでしょう。
また、ウェブサイトにおいても、よりインクルーシブな表現を用いることが勧められます。DE&I(Diversity(多様性)・Equity(公平性)・Inclusion(包括性)への取り組みを言語面でも支援する、価値あるサービスとなり得るでしょう。
- 市場調査における言葉の多様性
海外の特定コミュニティを対象とした市場調査では、言語の選択が調査の質を左右します。LGBTQ+コミュニティの消費動向を調査するアンケートを作成する場合、ジェンダーやセクシュアリティに関する質問の言葉選びが大切です。不適切な表現は回答者に不快感を与えたり、正確なデータが集まらなかったりするリスクがあります。文化的に適切な質問を設計する能力は、海外調査の成功の布石となります。
まとめ
LGBTQ+の文化は、一記事でまとめられないくらいのボリュームですが、エンターテイメントとしての喜びを与えてくれるだけでなく、現代社会が求める多様性とインクルージョンの本質を教えてくれます。多様な文化的・社会的背景を理解することは、グローバルなビジネスシーンにおいて、新しい市場の扉を開き、多様な人々と交流する上で不可欠といえるでしょう。