近年、AI翻訳の進化は目覚ましく、「翻訳者はいらなくなる」という議論が活発です。しかし、この認識は、翻訳の本質を見誤っています。AIが得意とするのは「言葉の置き換え」ですが、人間が求められるのは「知識の橋渡し」です。
特に、企業のコンプライアンスや人命に関わる分野では、極めて高度な専門性を持ち、「最新の法規制」を反映した表現を提示できる多言語人材の需要は、むしろ非常に高まっています。
この連載シリーズでは、AI時代に翻訳者が身につけるべき「言語能力+αのハイブリッドスキル」に焦点を当てます。初回となる今回は、その最たる例である「薬機法(旧薬事法)」の翻訳がなぜ最も難しく、プロの価値が揺るがないのかを解説します。
1. 薬機法翻訳が「危険な綱渡り」である理由
1-1. 規制の複雑さと頻繁な改正
「薬機法」(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)は、医薬品、医療機器、再生医療等製品などの製造、販売、広告などすべてを規制しています。この分野の翻訳が難しい最大の理由は、規制が複雑で、かつ改正が非常に頻繁であることです。
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法体系の複雑さ: 法律本体だけでなく、政令、省令、通知、ガイドラインなどが幾重にも重なっており、その一つひとつが翻訳の前提知識となります。
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国際的な連動: 日本国内の規制(PMDA)だけでなく、海外の規制(FDA、EMAなど)とも連動しており、グローバルな開発文書を扱う際には、各国の要件を常に把握している必要があります。
翻訳者が最新の法改正や通知を見落とせば、誤訳が企業のコンプライアンス違反や、製品の承認遅延、さらには人命に関わるリスクに直結するため、翻訳はまさに「危険な綱渡り」となります。
1-2. 「表現の規制」という独特の難しさ
薬機法翻訳の特に難しい点は、「広告・プロモーションにおける表現の規制」です。
日本では、医薬品や化粧品の広告において、その効果効能を謳う表現が厳しく制限されています。ある国では許される表現が、日本では「未承認の効能を謳う誇大広告」と見なされるケースが多々あります。
例えば、化粧品の翻訳一つとっても、以下のような判断が求められます。
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「肌の奥深くまで浸透し、細胞を活性化する」→ 科学的な根拠の誤認を与えるとしてNGの可能性。
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「シワを完全に消す」→ 効能の保証と受け取られ、NG。
プロの翻訳者は、単に外国語を日本語にするだけでなく、その表現が日本の薬機法・景品表示法の規制のグレーゾーンに抵触しないかを判断し、「規制の範囲内で最大の効果を発揮できる、最適な表現」を創作する役割を担います。
2. AIや汎用翻訳者が決して代替できないプロの価値
AI翻訳は薬機法の専門用語を辞書的に置き換えることはできても、以下の重要な要素を判断することは不可能です。
2-1. 「コンテキスト(文脈)」と「制度」の理解
AIは、翻訳対象の文章が「どの国の、どの段階の、どの規制文書」の一部であるかという法的コンテキストを理解できません。
プロの翻訳者は、翻訳文書が「治験実施計画書(Protocol)」なのか、それとも「規制当局への承認申請文書」なのかを把握し、それによって使用すべき厳密な用語や文体を使い分けます。これは、その制度そのものを理解している翻訳者だからこそ可能な判断です。
2-2. 常に最新の法規制を反映させる「監視能力」
ご指摘のとおり、薬機法は常に改正されています。昨日まで正しかった表現が、今日の省令改正でコンプライアンス違反となることがあります。
AIは「学習した過去のデータ」に基づいて翻訳しますが、「今日発表された最新の通知」は反映できません。
プロの翻訳者は、言語の専門家であると同時に、特定の法規制分野における最新情報の監視役(ウォッチャー)でもあります。この「最新データへの追従と反映能力」こそが、AI時代に揺るがないプロの付加価値です。
3. 求められるのは「知識の翻訳者」としてのキャリア形成
AI時代において需要がなくなる翻訳者は、言葉を置き換えるだけの「オペレーター」です。需要が高まるのは、高度な専門知識と、その知識の更新能力を兼ね備えた「知識の翻訳者」です。
薬機法翻訳は、その専門性とリスクの高さから、最も高い報酬と、安定したキャリアを翻訳者にもたらします。
この専門性を磨くことが、AI時代を勝ち抜く翻訳者のキャリア戦略となります。
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Nov. 21, 2025