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Sep. 01, 2020

そのカタカナ用語、どう翻訳する?

 

「カタカナ用語を見たら、必ず辞書で意味を確認すること!」

 

翻訳者なら、一度は見聞きしたことのあるアドバイスだと思います。

 

実際の翻訳の現場でも、英語から日本語への翻訳であれ逆の日英翻訳であれ、カタカナ用語は注意してもし過ぎることはありません。

 

「防災リテラシー」をどう英訳するか?

近年では、毎年のように全国各地で自然災害が頻発しています。

 

2020年7月に熊本県を中心に発生した集中豪雨は、各地に甚大な被害をもたらしました。また、昨年8月の九州北部豪雨や9月の大型台風も記憶に新しく、被害にあわれた方々を想うと胸が痛みます。

 

ニュースサイトなどで自然災害に関しての記事を読むことが多くなり、こうした記事の中で「防災リテラシー」という言葉を見かけるようになりました。

 

「カタカナ用語を見たら、必ず辞書で意味を確認すること!」

 

このアドバイスが頭にこびりついている私は、カタカナ用語をみるたびに「これは英語ではなんていうんだろう?」と考えてしまいます…。

 

さて、この「防災リテラシー」という用語、どう英訳できるでしょうか? “disaster literacy” でしょうか?

 

「リテラシー」について国語辞典で調べてみると、次のようにあります。

読み書きの能力。識字。転じて、ある分野に関する知識・能力
出典:広辞苑(第六版)

 

英和辞典はどうでしょうか。

① 読み書き算の基本的能力
② ある分野の知識
出典:ジーニアス英和大辞典

「リテラシー」も “literacy“ も意味は同じですね。

 

これらはほかの言葉と組み合わせて使うことが多いです。

 

たとえば、「メディアリテラシー」は「メディアの伝える情報を理解し、または活用する能力」という意味ですが、英訳は “media literacy“ で定着しており、その意味も日本語の「メディアリテラシー」と同じです。そのほか「情報リテラシー」は “information literacy“ で、どちらも「情報を入手・理解・活用する能力」を意味します。

 

では、「防災リテラシー」はどうでしょう?

 

「防災リテラシー」の意味を調べてみると、次のようにありました。

災害に遭遇したとき、目の前の状況に対して適切に行動し、想定外の事態から自分自身を救う能力のこと。(中略)リテラシーは「正しく読み書きができる能力」という意味で、広義に「生きる力」と解釈されている。地震や津波のような突発的な災害にあったときのための防災の知識や技術を養うことを、防災リテラシー教育、防災リテラシーの向上とよぶ。
出典:小学館 日本大百科全書

興味深いのは、「リテラシー」という言葉が「防災」と組み合わさることで、『想定外の事態から自分自身を救う能力』を意味し、また『広義に「生きる力」と解釈されている』ということです。

 

対して、“disaster literacy” の意味を調べてみると、ペンシルベニア州立大学 Donald P. Bellisario College of Communications Webサイトに掲載されている研究論文では、次のように定義されています1

Disaster literacy is defined here as an individual's ability to read, understand, and use information to make informed decisions and follow instructions in the context of mitigating, preparing, responding, and recovering from a disaster.

執筆者仮訳:Disaster literacyの定義は、災害に関連して、情報をきちんと得たうえで決断し指示に従うために、情報を読み、理解し、利用する個人の能力である。

 

また、英オックスフォード大学と香港中文大学が共同設立した災害・人道救援研究所(CCOUC)では、“disaster risk literacy” の定義として、次のように掲載しています2

Disaster risk literacy refers to the ability to identify, understand, interpret, and communicate disaster risk-related information.

執筆者仮訳:Disaster risk literacy とは、災害に関する情報を見極め、理解し、解釈し、伝える能力のことをさす。

双方とも、日本語の「防災リテラシー」の意味にある「生きる力」には触れられていません。災害に関わる情報リテラシーとコミュニケーション能力に特化しています。

 

つまり、日本語の「防災リテラシー」は広義に「災害発生時に生きる力」を、英語の “disaster literacy” および “disaster risk literacy” は「災害に関する情報処理、伝達能力」を意味しており、意味は完全に重複しているとは言えないでしょう。

 

よって、「防災リテラシー」を “disaster (risk) literacy” とするのは、必ずしも正しいとは言えません。深く考えずに「リテラシー」= “literacy” と置き換えてしまうと、誤訳になりかねない場合もあるのです。

 

そのほかの注意すべきカタカナ用語

「防災リテラシー」の「リテラシー」に見られたように、使用される文脈において、または日本でカタカナとして使用されていくうちに、もともとの英語の意味が失われたり変わったりしているものがあります。

 

いくつか例を挙げてみます。

 

マインド / mind

 

「マインド」というカタカナが意味するのは、『心。精神。意識(広辞苑 第六版)』です。一方の英語の “mind“ も同じく『心。精神(ジーニアス英和辞典 第4版)』と訳されます。

 

注意すべきなのは、日本語では「心」は感じたり考えたりする場所ですが、英語の “mind“ 感じる場所ではなく、考える場所だということです(感じるのは “heart” です3)。

 

たとえば “try to change her mind“ を「彼女のマインドを変えようとする」と訳出すると、「マインド=心」と理解している人が読めば、「感じていることも変えようとしている」と解釈する可能性があります。

 

よって、より正確に表現するなら「彼女の考え方を変えようとする」がいいでしょう。

 

チャンス / chance

 

日本語のチャンスは『機会。特に、好機(明鏡国語辞典)』と辞書にあるとおり、語感にワクワク感があります。

 

一方、英語の “chance” は必ずしもワクワクすることについてだけ使用するものではありません。中立的な意味でも用います。

 

(1) a chance of success
(2) a chance of failure

 

(1) の表現では「(成功の)チャンス」と訳出しても問題ないと思いますが、(2) の場合は「(失敗の)おそれ」や「(失敗の)可能性」とした方が適訳でしょう。

 

なお、場合によっては “opportunity”(『機会、好機(ジーニアス英和辞典 第4版)』)を「チャンス」と訳出できる場合もあります。

 

・フレーバー / flavor

 

フレーバーというと「香り」という意味で使われることが多いと思います。フレーバーティーは、たとえば柑橘系などの香りがつけられた紅茶のことをいいます。

 

ところが “flavor” は、以下の英英辞典に掲載されているとおり、主に「味」という意味で使われます。

1. how food or drink tastes
2. a particular type of taste
出典:Oxford Learner's Dictionaries

「フレーバー」と訳しても間違いではないこともありますが、きちんと文脈にそって判断する必要があります。

 

・ユニーク / unique

 

日本語のユニークには、特に人に対して使う場合、「面白い」というニュアンスが入ってしまうことがあります。対して英語の “unique” には「面白い」という意味はありません。

 

“unique” は「他に類のない」「唯一無二の」「変わった(普通ではない)」という意味になります。

 

よって、褒め言葉で「君はとても面白い人だね!」を “You are very unique!” と言ってしまうと、「変わり者」と言っていることになりますので、ご注意ください。

 

 

そのほかにも、リフォーム / reform risk / リスク、(文句や苦情の)クレーム / claim など、カタカナ用語と英語の意味が必ずしも同じではない単語は数多くあります。

 

先に執筆した『コロナ危機をきっかけに “social” という単語の意味を考える』で紹介した、ソーシャル・ディスタンス / social distance も同様です。“social distance“ は英語圏では社会学の分野で用いられる用語。感染症対策の分野で「ソーシャル・ディスタンス」を英訳するならば、“social distance“ ではなく “social distancing“(または “physical distancing”)が適訳でしょう。

 

これまで見てきたとおり、翻訳においては「カタカナ用語」は注意すべき存在です。(単独で用いられる)「リテラシー」のように、英語の “literacy” と意味が同じ場合もありますが、例であげたとおり、一部違う意味を持つ場合や、完全なる和製英語も存在します。

 

ほかの記事でもこれまでお伝えしてきたとおり、翻訳は単なる字句の置き換えではありません。このことを念頭において、カタカナ用語を見たら必ず辞書で意味を確認すること、そして作者の意図や文脈をチェックすることが欠かせません。

 

(あれ、チェック / check も意味が違うかもしれませんね。さて、辞書でチェックするとしましょうか)

 

執筆:田村嘉朗
大手通信会社ロンドン支社勤務を経て、2013年より翻訳者として活動
専門は通信、マーケティング

参考URL

1. PennState, Donald P. Bellisario College of Communications
https://pagecentertraining.psu.edu/public-relations-ethics/ethics-in-crisis-management/lesson-2-access-to-information-during-a-crisis/considerations-of-public-disaster-literacy/

2. 災害・人道救援研究所(Collaborating Centre for Oxford University and CUHK for Disaster and Medical Humanitarian Response: CCOUC)
https://www.ccouc.ox.ac.uk/urban-disaster-risk-literacy

3. WikiDiff
https://wikidiff.com/heart/mind

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