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Jun. 29, 2020

機械翻訳といかに付き合っていくべきか?

 

先月の投稿で、コロナ危機をきっかけに考えたことを書きました。

コロナ危機をきっかけに “social” という単語の意味を考える

この投稿から1か月経った2020年6月現在、緊急事態宣言は解除されたものの、依然として予断を許さない状況が続いています。

緊急事態宣言下ではオフィスに通わずテレワーク(リモートワーク)をするなど、新型コロナウイルスは多くの人の働き方を変化させました。働き方だけでなく、飲み会や帰省に至るまで、あらゆるコミュニケーションにおいてオンラインが推奨されたのは記憶に新しいところです。

政府はこれからの感染拡大防止に向けて、こうした変化を一時的なものとしないために『新しい生活様式』1,2を提唱しています。新型コロナウイルスの感染拡大が本当の意味で収束するまで、生活のオンライン化の加速は避けられないことなのでしょう。

オンラインで使うコミュニケーション・ツールの需要が高まれば、おのずと性能もますます高まっていくはずです。そうしたツールの一つであるGoogle翻訳などの機械翻訳も例外ではありません。近年の機械翻訳の精度向上は目覚ましいものがありますが、今後さらに実用的なものになっていくと予想されます。

 

機械翻訳は翻訳者に取って代わる?

上述の通り、ここ数年で機械翻訳の精度が大幅に改善しています。現状の機械翻訳の英語力はTOEIC960点を超えていると言われており3、そのすさまじい成長スピードに、翻訳者の間では「仕事がなくなってしまうのでは?」といった声も耳にします。

ただし、翻訳を発注するお客様の視点から考えれば、機械翻訳の精度が向上することはいいことです。

機械翻訳の精度向上はお客様の選択肢が増えることを意味します。機械翻訳であろうと人手による翻訳(以下、人力翻訳)であろうと、目的とニーズにかなう方が選ばれるのは当然のこと。機械翻訳が選ばれるのであれば、人力翻訳がもたらす付加価値がなくなった(と判断された)ということです。

とはいえ、英日翻訳者である私個人の見解としては、(機械翻訳の技術は日進月歩であるため、執筆時点の見解であると前置きしたうえで)人力翻訳の付加価値がなくなる可能性は低いと考えています。

そう考える理由はいくつかありますが、一番の理由は、現状の機械翻訳は、原文(翻訳前の文章:英語から日本語の翻訳の場合は英語)の文脈や書かれた意図を読むものではないからです。

 

機械翻訳と翻訳力

翻訳テクノロジーに詳しい関西大学外国語学部教授の山田優氏は、『最新版 産業翻訳パーフェクトガイド4』の記事中で次のように述べています。

 

(機械翻訳は)結局のところ、コーパスを基に単語の並び順から推定して、妥当そうな訳を生成しているにすぎません。例えるならば、ある程度の外国語力のある人が、何気なく、何も考えずに直訳しているのと同じです。

これを翻訳というのであれば、もう将来、翻訳者は不要になってしまいますが、実際の翻訳とは、そういうものではないですから、翻訳者は、今後も需要があるわけです。

*144ページより引用
*執筆者注:コーパスとは言葉を大量に集めてデータベース化したもの

私の以下の投稿でも説明していますが、翻訳力と外国語力はまったくの別物です。翻訳力とは、英日翻訳の場合、「英文読解力」と「日本語表現力」、そして「専門知識」それぞれを高度に統合させたものです。外国語力があるからといって、翻訳ができるとは限りません。

翻訳者に聞いてみた-001 外国語が分かれば翻訳なんて誰でもできるんじゃないの?

山田優氏の考えとまとめるならば、今のところの機械翻訳には外国語力はあるのかしれませんが、それ以外は備えていないと言えます。つまり翻訳力をもっているとは限らないということです。専門知識に関しては今後改善されていく余地はありそうですが、読解力や表現力においてはまだまだ見通しは明るくありません。

そもそも現状の機械翻訳は、原文を読解するものではないのです。つまり読解力がなく、ないものを強化しようもありません。

読解力がなければ、文脈や書かれた意図を理解することはできません。理解できないとどうなるかは、この記事『翻訳者にとっての必須スキル、英文読解力について考える。』で挙げた具体例を再掲しますので、ご覧ください。

アラフォー既婚男の私が一通のメールを受け取りました。差出人は、ロンドン支社赴任時代の同僚であるスペイン人女性からです。メールは英語で書かれており、文末には “I love you” と書かれていました。

もし私に読解力がなければ、愛をささやかれたと勘違いし動揺し舞い上がり、妻とケンカした際にはロンドンでも行っちゃうか!なんて思ってしまうかもしれません。しかしながら、私には多少の読解力があるため、実際にロンドンに行ってしまったことを想像するとゾッとできます。

“I love you” を「愛している」と捉えてしまうのが読解力なしの英語力だとすれば、差出人がどういった意図をもって “I love you” と書いたのかを把握できるのが英文読解力です。私は、このスペイン人の元同僚が幸せな結婚をし、子ども達と楽しくロンドン生活を満喫しているのを知っており、かつ異性として私は彼女のタイプではないことを重々承知していたため、この “I love you” を「元同僚としてあなたが好きだ」と解釈できたワケです。

現状の機械翻訳は、この例でいうところの、手紙の文脈や差出人の意図、差出人と私の関係性を読解することはしていないということです。

つまり、山田優氏の言葉を借りれば、「手紙(原文)に書かれている単語の並び順から推定して、妥当そうな訳を生成している」にすぎません。

文や単語の意味は扱っているけれど、意味の解釈は行われていないのです。解釈がなければ、”I love you” は常に、「私はあなたを愛している」(またはそれに近しい妥当そうな訳)に置き換えるだけになります。

これでは、読み手にとって適切な表現の翻訳文をつくれないのは当然のことでしょう。

ちなみに、俗説ではありますが、あの夏目漱石は英語教師時代に、”I love you” を「月が綺麗ですね」と訳したとか。「日本人は愛なんてことは言わない」というのが理由のようですが、こうした文化を反映した翻訳も、当然のことながら機械翻訳には難しいのです。

 

機械翻訳と人力翻訳の使い分け

とはいえ、機械翻訳がまったく役に立たないかというと、そんなことはありません。

たとえば、内部向けの文書などで、それが作成された背景が共有されている場合は、機械翻訳はその理解に役立つでしょう。また、海外のWebサイトやドキュメントの内容をごく大まかに知りたいときには、スピードやコスト面から考えても有用です。

このように、手っ取り早くざっくりと何が書かれているのか知りたいといったシーンでは、機械翻訳は便利です。ただしこの場合も、意味の解釈は行われていないことを念頭に置いておく必要があります。求められる理解度によっては、人力で裏を取らなければなりません。

あくまで、多少の間違いを許容しつつ使うというのが、現実的な利用法でしょう。

 

機械翻訳と人力翻訳の将来

さて、この記事では、英日翻訳者である私が「機械翻訳が人力翻訳に取って代わる可能性は低い」と考える理由について説明してきました。ただ、「取って代わる可能性は低い」としたのは、上で述べたように「現時点」での見解です。

何度も触れているように、機械翻訳の精度は間違いなく向上しています。実際のところ、「手っ取り早くざっくりと何が書かれているのか知りたいといったシーン」においては、機械翻訳が選ばれることがあるのですから、翻訳の一部は機械に取って代わられています。

そして今後、とんでもなく高性能な機械翻訳が登場しないとも限りません。

とはいえ、とんでもなく高性能な機械翻訳の登場を「心配する」のもおかしな話だと思うのです。なぜなら、機械翻訳も人力翻訳も、質の高い訳文を通して世の中に付加価値を提供していくという目的は、共有しています。

であれば、機械翻訳をライバル視するのではなく、足りない部分を補い優れている部分を頼っていくのが、翻訳に携わるもののあるべき姿なのでしょう。

実際に、機械翻訳の訳文を編集して改善する「ポストエディット」や、機械翻訳になじむように原文を編集する「プレエディット」といった作業を「人」がすることで、そのままではサービスとしては使えない機械翻訳の品質を向上させることができます。

私たち翻訳者は、機械翻訳といかにして付き合っていくべきか、真剣に考える時期に来ています。



***


先月2020年5月のゴールデンウイークのこと。友人からこんな連絡が届きました。

旅行がキャンセルになり、昔お世話になったホストマザーに会いに行けなくなったので、英語で手紙を書いた。添削してほしい

また、別の友人からは、次のような質問がありました。

緊急事態宣言で仕事が休みになり、暇なので英語の勉強を始めた。おすすめの教材を教えてほしい

外出自粛により遠隔でのやりとりを余儀なくされるようになったことで、少しでも心の通ったつながりを意識するようになったのでしょうか。そして、そうしたつながりを、自分自身の言葉でつくりたいと思う人が増えたのでしょうか。

書き手のつながりたいという想いを、書き手に代わって読み手に届ける。この翻訳という行為を通して、私たち翻訳者は心の通ったつながりや想いに触れることができます。

たとえ機械翻訳が発達しても、機械にはつながりや想いに触れる喜びを感じることはできないでしょう。なんともったいない(笑)

非常時に特有の一時の感傷の中で、そんなことを思ったのでした。

 

執筆:田村嘉朗
大手通信会社ロンドン支社勤務を経て、2013年より翻訳者として活動
専門は通信、マーケティング

参考URL、書籍

1. 厚生労働省:「新しい生活様式」の実践例
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_newlifestyle.html

2. 内閣官房:第18回女性職員活躍・ワークライフバランス推進協議会 (令和2年6月19日)
http://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/w_lifebalance/dai18/siryou1.pdf

3. ニューズウィーク日本版(2020年2月26日)
https://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2020/02/toeic960.php

4. <最新版>産業翻訳パーフェクトガイド イカロス出版(2019/9/28)

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