以前、以下の記事でカタカナ用語の翻訳について書きました。
カタカナ用語の中には、もともとの英語の意味が失われ変化しているものだったり、あるいは完全な和製英語があったりします。カタカナとその対応する英語が同じ意味だと判断してしまうと、誤訳になってしまうことがあります。
「翻訳中にカタカナをみたら必ず辞書で意味を確認すること!」
そんなことを先の記事ではお伝えしています。
この記事を書くにあたり、カタカナ用語について改めて調べました。それが影響したのか、記事を書いてからしばらくの間、日々の生活の中でカタカナがやたらと気になるようになってしまいました。気にして見てみると、カタカナって非常に多い。
ランチのテイクアウトで、フライドポテト(正しい英語はFrench fries/chips)とアメリカンドッグ(正しい英語はcorndog)、そしてノンシュガー(正しい英語はsugarless)のコーラ(正しい英語はcoke)とアイスコーヒー(正しい英語はiced coffee/cold brew coffee)をオーダーした。
この文章は私が思いつきで書いたものです。意識してカタカナを多めに使いましたが、日本語としてそれほど不自然ではないと思います。それほどまでにカタカナは日常に溢れています。
カタカナ用語には和製英語があり、この例文の中ではフライドポテト、アメリカンドッグ、ノンシュガー、コーラ、アイスコーヒーがそれにあたります。和製英語は日本人がつくった英語に似ている言葉で、英語圏では通じなかったり、あるいはまったく別のものとして認識されたりします。
一方、英語と意味が同じカタカナ用語ももちろんあります。そうした言葉は外来語といい、「インターネット」「カスタマー」「オリンピック」など、ほかにも数多くあります。それこそ挙げたらキリがありません。カタカナ語専用の辞書があるくらいです。
こうした外来語について見ているうちに、ふと思いました。
外来語とは逆に、海外でそのまま通じる日本語、つまり海を渡って定着した日本語はどれほどあるんだろう?
sushi(寿司)、tsunami(津波)、manga(漫画)などが英語になっているのは周知のことだとは思いますが、改めて調べてみると想像以上に多くの日本語が海を渡っていることを知りました。
海を渡った日本の言葉
英語辞典の中でも世界で最も権威があるとされるオックスフォード英語辞典(OED)。OEDに収録されている日本語由来の単語数は2009年の時点で493です1)。伝統文化や食、生活様式、ビジネスなど、さまざま分野の言葉が「英単語」として辞書に載っています。
OED以外の辞書に収録されている単語や、一般的に使われているけれどまだ収録されてない単語があることを考えると、493という単語数は全体のほんの一部だと言えるでしょう。
海外でも通じる日本語としてまず思いつくのは、日本食関連の単語です。
sushi(寿司)、tempura(天ぷら)、sukiyaki(すき焼き)、miso(味噌)、sake(日本酒)などは有名ですが、edamame(枝豆)、daikon(大根)、mirin(みりん)、konnyaku(こんにゃく)、umami(旨み)なども英単語になっていることはご存じでしょうか。
ramen(ラーメン)はもともと中国からもたらされましたが、醤油味や味噌味、豚骨味など、日本で独自にアレンジされ、いまや世界各地で大人気のramenは日本で発展したもの。その人気ぶりは本場中国でも例外ではないようです。
驚いたのがsatsumaという単語の意味。薩摩かサツマイモだと思ってしまいそうですが、なんとミカンのこと。その意味の由来は諸説あるようですが、なんとも混乱しそうです・・・。
satsuma: a type of small orange without seeds and with loose skin that comes off easily
引用:Oxford Learner’s dictionary
またポップカルチャーに関する単語では、manga(漫画)、anime(アニメ)、kawaii(カワイイ)、otaku(オタク)、cosplay(コスプレ)、emoji(絵文字)などが収録されています。
アニメはご存じの通りanimationという英語からきていますが、日本では「アニメ」と省略されて使用されるようになりました。
クールジャパン政策の一環として日本製アニメが発信され海外での人気が高まる中、海外にもともとあったアニメーションと日本製アニメは違うものとして受け入れられ、animeという単語が定着しています。
つまり日本ではanimeとanimationは同じ意味ですが、海外では違う意味ということになりますね。
同じようにmangaは日本の漫画で、英語圏で生まれた漫画はcomic bookと言います。
またotaku(オタク)は英語だけでなく、中国語にもなっているそうで、男性のオタクが『宅男』で女性は『宅女』として普及しているそうです。
ビジネス分野での単語には、日本が誇る世界的企業トヨタ自動車から、kaizen(改善)やkanban(カンバン(方式))といった生産システムに関するものがあります。
また、これはOEDではなくUrban Dictionaryに収録されていたものですが、nemawashi(根回し)という日本語も英単語になっています2)。日本企業と取引のある海外企業で浸透し始めているそうで、欧米で一般的なトップダウンの意思決定と比較して用いられるようです。
そのほかには、zangyo(残業)やkaroshi(過労死)といった言葉も。日本を象徴するものとして海外でこうした言葉が通じてしまうということは、なんとも残念ではあります。
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そのほか、sumo(相撲)やkarate(空手)といったスポーツや、kabuki(歌舞伎)やukiyoe(浮世絵)などの伝統芸能の言葉も各辞書に収録されていました。
なにせ最低でも500近くあるのですし、このまま挙げていってもキリがありませんが、(とはいえせっかく調べたので・・・)最後に私にとって印象に残った英単語を2つだけ紹介させてください。
KonMari(こんまり)
片付けコンサルタントという肩書きを持つ “こんまり” こと近藤麻理恵さん。
その “こんまり” という愛称がまさか辞書に掲載されているとは、思いもよりませんでした。
- KonMari (adjective)
1. refers to the KonMari method of tidying up and folding clothes made popular by Japanese lady Marie Kondo
The KonMari method calls for a ‘systematic decluttering’ of everything you own.
2. used as a verb
A few days ago I decided to take the plunge and KonMaried my clothes.
引用元:Macmillan Dictionary
近藤麻理恵さんの『人生がときめく片づけの魔法』が英語で翻訳出版されたのが2014年。
The Wall Street Journalによると、その2014年頃からこんまりさんの支持者達(“Konverts” と言うようです)の間で “Konmari” は「こんまり®メソッド」を意味する単語として使われ始め、次第に「片付ける」を意味する動詞としても使われ始めたそうです3)。
さらにThe Wall Street Journalの同記事では、動詞としての “Kondo” も紹介しています。意味はKonMariと同じで、こんまり®メソッドを使って片付けることですね。
実際にインターネット検索していただくと分かりますが、特に女性向けのWebサイトなどでKonMariや Kondoが動詞として使われているのを確認することができます。
私はまだ翻訳中にこの単語に出会ったことがありませんが、もし翻訳に際して気をつけるとすれば、KonMariやKondoを人名と決めつけないことですね(さすがに分かりますかね・・・)。
tsutsumu(包む)
「包む」を意味する英語なら、たとえばwrapなどが思い浮かびそうです。だとするとwrapとtsutsumu、どういう意味の違いがあるのか。
実はこのtsutsumu、名詞なんです。
tsutsumu:(noun) the Japanese art of wrapping objects or gifts
引用:Collins English Dictionary
私は10年ほど前にイギリスのロンドンで働いていたことがあります。現地の百貨店に行って割と良いものを買ったとしても、包装してもらったことはありません。本を買ってもカバーをしてもらうなんてことは確実にありません。
一方日本では、ちょっとした贈り物を買えば店員の方々が商品を巧みに包装してくれます。今でこそ日本の過剰包装は環境問題の観点から非難の対象になりがちですが、その包装技術自体は相手への気遣いや思いやりの表れであり、誇るべきものです。
「包む」という行為自体はwrapで表現できます。ただ相手への気遣いや思いやりをもって丁寧に「包む」とすれば、その丁寧さや包み方はwrapだけでは表現できなくなる。
その丁寧な包み方がtsutsumuの意味です。これが英単語になっているということは、日本人の包装技術が世界に認められている証拠ではないでしょうか。
海を渡ったら外国語
この記事では、海を渡って海外に定着した日本の言葉たちを紹介してきました。
繰り返しになりますが、ここで紹介したのは全体のほんの一部です。海外とやり取りする機会が多い人は、海外で活躍する思いもよらなかった日本語の存在に気付かされることも多いでしょう。
こうした日本語たちを使うとき、注意しなければいけないことがあります。
それは海を渡った日本語は生まれこそ日本ですが、海外にいる限り海外のルールが適用される、つまり英語として使うのであれば、その日本語に英文法が適用されるということです。
たとえば、tsunami(津波)やcosplayer(コスプレイヤー)は可算名詞ですが、karaoke(カラオケ)やcosplay(コスプレ)は不可算名詞です。
tsunamiをtsunamisとするのは日本人にとって口に(目にも)慣れないですが、英文法が適用されるとはこういうことです。
上で紹介したKondo(片付ける)はKondos―Kondoing―Kondoedと語形変化しますね。
日本人にとって日本語に英文法を適用するのは違和感を覚えますし、注意していないと思わず日本語のように使ってしまいそうですが、きちんと伝えたいのならば正確に言葉を使わなければなりません。
またもう一つの注意点として、カタカナ用語の中にもともとの英語の意味が失われているものがあったように、日本語も海外に渡り定着した時点で意味が変化しているものがあります。この記事で紹介したtsutsumu(包む)がそうで、「包む」は動詞ですがtsutsumuは名詞になっています。
あるいは和製英語のように、響きは日本語なのに日本人には意味が分からない単語だってあるかもしれません。
どれだけ他言語に精通していたとしても、その別の言語に母国語が混じると混乱してしまうのは容易に想像がつきます。
海外に渡った日本語たちを調べながら改めて思ったのは、カタカナ用語の時と同じく「海外を渡った日本語を見たら必ず辞書を確認すること!」。
日本語なら知っているという思い込みを捨てるのはかなり難しいことですが、言葉のプロたる者、書き手/話し手と受け取る側に敬意を払い、慎重さを持たなければならない。
海外でたくましく頑張る言葉たちに触れながら、そんなことを自戒したのでした。
執筆:田村嘉朗
大手通信会社ロンドン支社勤務を経て、2013年より翻訳者として活動
専門は通信、マーケティング
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参考資料
1. 「日本出自英語語彙再考」大和田栄
https://www.tsu.ac.jp/Portals/0/research/29/137-146.pdf
2. Urban Dictionary
https://www.urbandictionary.com/define.php?term=nemawashi
3. Kondo-ing: A Guru of Organizing Becomes a Verb (The Wall Street Journal)
https://www.wsj.com/articles/kondo-ing-a-guru-of-organizing-becomes-a-verb-11547745648