先日、アメリカ人の友人を交えて食事をしたときのこと。
そろそろ帰ろうかというときに天気が崩れてゲリラ豪雨が発生し、足止めを食らってしまいました。途方に暮れて窓からボーッと雨脚を眺めていたところ、そのアメリカ人の友人がボソッと言ったのです。
“It's raining cats and dogs.”
激しい雨の中へ必死に目を凝らしましたが、犬やネコは見当たりません。聞き間違いか?いや確かに cats and dogs と言った。きっとさっきまで犬やネコがいたに違いない。でもこんな豪雨の中で犬を散歩させるなんて珍しい人もいるもんだ。ネコだってわざわざ雨の中出てこなくても、どこかに隠れていればいいのに……。
私がグルグルと思考を巡らせていたことがその友人にも伝わったのでしょう。
“It's slang. It means heavy rain.”
と言って、rain (like) cats and dogs が「激しい雨が降る」の意味であることを教えてくれました。
そりゃこんな雨の中に犬やネコがいるはずないよな、と思いながらも、冷静になって考えると raining cats and dogs で「雨の中にネコと犬がいる」と理解するなんて、文法を無視したつなぎ読みもいいところ。
自分の力不足と知識不足を痛感しながら、帰り道にスラングを調べてみると、rain (like) cats and dogs 以外にも、知っていないと誤訳してしまいそうな表現がたくさんあることを知りました。
本記事では、その中でも私が特に面白いと感じたスラングをいくつかご紹介します。
Uncle Sam
Uncle は「叔父」という意味ですので、そのまま考えれば「サム叔父さん」という意味になります。ところがマスメディアなどで Uncle Sam とあった場合、俗称として「アメリカ合衆国」または「アメリカ合衆国政府」を指すことがあります。
Uncle Sam: the US, or its government, sometimes represented by an image of a tall, thin man with a white beard and a tall hat
(引用元 Cambridge Dictionary)
また、アメリカ合衆国の擬人化したキャラクターを指すこともあります。以下は第一次世界大戦中の陸軍募兵ポスターに描かれた Uncle Sam です。風貌がまさにアメリカですね・・・。
画像出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Uncle_Sam
言葉の由来としては、精肉業を営む Samuel Wilson という男性(サムおじさん)がアメリカ陸軍に食肉を納品する際、アメリカ合衆国宛てを意味する U.S. という刻印を樽にほどこしたことから U.S.=Uncle Sam と言われるようになったそうな。
この意味での Uncle Samは、スラングとはいえども辞書に掲載されているとおり広く通じる言葉のようで、たとえば Uncle Sam wants you to pay these taxes. の意味は「国に税金を納める必要がある」という意味になります(「サム叔父さんに税金を支払う」のではありません!)。
Moonlight
一般的な意味はご存知の通り「月光」です。この moonlight、動詞で使われると「副業をする」という意味になります。日本語でいうところの「夜なべ」と関連付けると覚えやすいでしょうか。
Moonlight verb: to work at an additional job, esp. without telling your main employer
(引用元 Cambridge Dictionary)
具体的には、現在の雇い主に隠しながら、主に夜間にする副業やアルバイトのことを指します。
このmoonlightから派生して、「日光」や「昼間」の意味である daylight にも「昼間に副業する」という動詞の意味が加わりつつあるようです。とはいえ、副業を昼間にする人(つまりメインの仕事が夜の人)の絶対数が少ないからかまだそこまで定着はしていないようで、「昼間に副業する」の意味が掲載されていたのはUrban Dictionaryのみでした。
Doormat
お次は doormat。一般的には「ドアマット」の意味ですが、比喩的に「人に踏みつけられてもじっと耐えている人」を意味することがあります。確かにドアマットは踏みつけられるだけの存在で歯向かうことはしませんね。
Doormat informal: a person who accepts being treated badly and does not complain
(引用元:Cambridge Dictionary)
意味を捉えるのに注意すべきことは、日本語だと「じっと耐えている人」と言うと我慢強い人としてポジティブな印象を持ち得ますが、英語の doormat はネガティブな印象を与えることです。
たとえば誰かがあなたに面と向かって You are a doormat! と言ってきたとしたら(そんなこと面と向かって言う人あまりいないと思いますが)、「我慢強い人」として褒めているのではなく、「やられっぱなしでいいのか!」「根性を見せろ!」といったように、ネガティブな側面を指摘されていると捉えた方がいいでしょう。
Social notworking
うっかり social networking のスペルミスを指摘してしまいそうですが、「会社などの仕事をすべき場所で、働かずにSNSをすること」という意味のスラングです。
Social notworking: the practice of spending time unproductively on social networking sites, esp when one should be working
(引用元:Collins Dictionary)
仕事は真面目にやりましょう。
Disney(land) dad
ディズニーランドに連れて行ってくれるお父さん。常に家族のことを考え、子どもと一緒に過ごす時間を大切にする family man(家庭的な男性)。理想的な父親像です。
そんな意味かと思ったら・・・・・・。
実はあまり良い意味を持つ言葉ではなく、「離婚後たまにしか子どもに会わない父親」「たまに会うとひたすら子どもを甘やかしてしまう父親」を指すことが分かりました。米国の法務サービスを提供するWebサイト等に、その定義が掲載されています。
Disneyland Parent Law and Legal Definition
This refers to a noncustodial parent who indulges his or her child with gifts and good times during visitation and leaves most or all disciplinary responsibilities to the other parent.
試訳:子どもに会うときはプレゼントを買い与えたりして子どもを甘やかす一方、しつけなどの責任はもう一方の親に任せきりな、(離婚して)親権を失った親
(引用元:USLegal)
もちろんDadだけではなく、Disney(land) mom(あるいはDisney(land) parent)という言葉もあります。
こうした Disneyland dad あるいは mom の存在は、子どもの教育や、親権を持つ親と子どもの健全な関係性に対して悪影響であるとして、今のアメリカでは社会問題として認知されています。ある法律事務所では「Disney Dad Syndrome」とまで言い、病気に準じた扱いをしているところもあるようです1)。
Helicopter parent
Disneyland に行ったかと思ったら、今度はHelicopterに乗ります。ということは、Helicopterを所有するほど裕福な親?
いえ、実は「過干渉な親」という意味を指す言葉です。
helicopter parent noun: a parent who is overly involved in the life of his or her child
(引用元:Collins Dictionary)
ヘリコプターが着陸のために空を旋回している様子が、上空から子どもを監視して様子を伺っているように見えることから、その意味が来ているようです。
ところで、helicopter parent を英和辞書で調べると意味に「モンスターペアレント」とあります。
helicopter parent: 〈米俗〉過干渉[過保護]な親、モンスターペアレント
(引用元:英辞郎)
しかしながら、モンスターペアレントは「学校などに対して自己中心的かつ理不尽とされる要求をする親2)」のことですので、必ずしもhelicopter parent=モンスターペアレントではありません。
helicopter parentを含むこうしたスラングは、生まれたばかりの言葉で意味が特定しにくかったり、広く普及する過程で使われ方が変わったりします。英語話者でない私たちが意味を確認するには、英和辞書だけではなく実際の例文に触れてみることが必要でしょう。
さいごに
実は私、今までスラングを敬遠しているところがありました。
というのも、スラングに対し「汚い言葉」あるいは「特定のグループや社会の中だけで使用される閉鎖的な言葉」という印象を持っていたからです。
確かにそうしたスラングもあります。でも今回調べてみて分かったのは、それはごく一部だということであり、現場の生きた会話の中で人々が日常的に使っている言葉だったり、現在の社会問題を反映してまさに生まれたばかりの言葉だったりが、ほとんどであることが分かりました。
スラングとはまさに、今に生きる人たちが、今の社会状況の中で、伝えたいことを伝えるために生み出した言葉です。
だとしたら、「汚い言葉だから」「一部の人たちしか使っていないから」などと敬遠するのは非常にもったいないこと。なぜなら、スラングを受け入れることができれば、それを使う人たちの想いと、そしてその人たちがいる「現在」と「現場」を、今よりもっと理解できるように思うからです。
執筆:田村嘉朗
大手通信会社ロンドン支社勤務を経て、2013年より翻訳者として活動
専門は通信、マーケティング
参考URL
1) Law Offices of Molly B. Kenny: Do You Have Disney Dad Syndrome?
https://www.mollybkenny.com/blog/learn-about-the-disney-dad-syndrome-molly-b-kenny.cfm
2) Wikipedia:モンスターペアレント
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%9A%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%88