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2021 Jul. 27

blackとBlack、たった一文字の大きな違い

 

この記事を書いているのは2021年の5月下旬。

 

1年前の525日、アフリカ系アメリカ人の黒人男性ジョージ・フロイド氏が、警察官の不適切な拘束によって亡くなりました。

 

この事件は Black Lives Matter(ブラック・ライヴズ・マター、BLM)運動を再燃させるきっかけとなり、BLM運動は米国のみならず世界中で吹き荒れることになります。日本も例外ではなく、“Black Lives Matter” のスローガンを目にする機会が増えました。

 

ところで1年前の当時、Black Lives Matter の日本語訳を巡ってさまざまな意見が出ていたことをご存じでしょうか?Wikipedia日本語版の Black Lives Matter のページには、その日本語訳の難しさについて以下の通り書かれています。

 

短く平易な英単語による表現であるが、日本語への翻訳は、かなり困難な英語表現であり、文脈も合わせその意図と読み取る必要がある。(中略)

ハフポスト日本語版による当初の「黒人の命も大切だ」という日本語訳に対して異論・批判が生じたことを受け、「黒人の命を守れ」「黒人の命も大切だ、軽視するな」「黒人の命は大切(です/だ)」等の修正・追補が行われた。この「黒人の命は大切」という日本語訳は、他のメディアでも使用されている。(後略)
引用元:ブラック・ライヴズ・マター/Wikipedia日本語版

 

「黒人の命大切だ」とすると「白人を含めた他の人種と同じように、黒人の命だって大切だ」という訴えになり、All Lives Matter(人種に関わらず、すべての命が大切)と似た意味になります。

 

一方「黒人の命大切だ」とすると、スローガンとしてはすごく当たり前のことを言っているように響くと同時に、「黒人の命だけが大事」と読める余地を含むことになります。

 

メディアの多くは「黒人の命も大切」または「黒人の命は大切」のどちらかを使用していたようですが、どちらが適訳なのか、あるいはもっと適切な訳があるのかについて、専門家のあいだでも意見は分かれていたようです。

 

「命も…」と「命は…」は1文字違い。この1文字の違いが大きなニュアンスの違いを生み、運動のメッセージを違ったものにし、運動への見方を変えます。

 

あれから1年が過ぎた今日のメディアを見てみても、定訳が生まれた様子はありません。訳語が混在しているのは、どの訳にしても伝わらないニュアンスがあるからです。

 

「黒人の命や人権が、権力者によって、または社会的構造によって、軽視され蹂躙され続けている事に強く抗議する」という意味合いを、スローガンとしてシンプルに訳出するにはどうしたらいいか?

 

私が翻訳中にこの言葉に出会ったら・・・。当時も考えましたが、今もまだ結論はでません。書き手の人物像や想定する読者を踏まえ、クライアントと相談しながら決めることになるのでしょう。

 

blackとBlackの違い

ジョージ・フロイド氏の不幸な事件から約1か月が経過した黒人奴隷解放記念日のこと。米国通信社のAP通信は、自社のスタイルガイドを変更したことを発表しました1)

 

BLM運動を巡る激しい議論を背景にした変更であるとし、その内容は「人種、民族、文化に関する文脈で黒人を表す場合、頭文字を大文字にして Black と表記する」というものです。

 

同社の Vice President である John Daniszewski 氏はこの変更について “conveying an essential and shared sense of history, identity and community among people who identify as Black,”(執筆者試訳:黒人を自認する人々の、歴史やアイデンティティ、コミュニティに関する重要かつ共通する意識を伝えるためのもの)とし2)、小文字のbで始まる black は「黒」という色を表すことになります。

 

New York Times3) USA TODAY4) といったメディアもこの動きと同調し、黒人を表す場合は大文字にすることを決定しています。

 

一方で白人は White か、それとも white でしょうか。

 

この点についてAP通信は同年721日に、白人を表す場合は大文字にしないことを発表しました5)。その理由として “White people generally do not share the same history and culture, or the experience of being discriminated against because of skin color.” (執筆者試訳:白人は同じ歴史や文化を共有しておらず、肌の色による差別を経験していないため)などとしています。

 

白人は小文字の white とし、黒人は大文字の Black とする。

 

AP通信をはじめとする各メディアが下したこの決断は、大文字と小文字の1文字の違いに、肌の色による差別の経験と歴史を映そうとするものです。

 

より具体的にいえば、そこに映るものは、アフリカから奴隷として強制的に米国に連れてこられルーツを断ち切られ、肌の色による偏見や差別を経験しながらも米国で新しい文化を育んできた歴史と、それでもなお個人からだけでなく構造的な差別にさらされている黒人の今、です。

 

black を Black と大文字にすることには、黒人の歴史と今を認める意味があります。

 

私たち翻訳者として出来ることはなんだろうかと考えます。おそらくそれは、black Black の違いが生まれた背景を、読み取る努力を惜しまないこと。

 

私たちが読み取れなければ訳文に反映させることはできず、結果として訳文の読者に書き手の意図が伝わらなくなってしまいます。書き手の意図が伝わらない訳文をつくっても、翻訳であるとは言えません。

 

その言葉が生まれた背景を知ろうとすること。そうした読み手としての姿勢もまた、翻訳者には求められています。

 

言葉を使う意図、言葉が与える影響

米国メディアに見られた人種差別を言葉から見つめ直す動きは、日本のメディアへも少なからず影響を与えています。

 

たとえば2020729日付けの朝日新聞で、『「ブラック企業」に「黒人差別」の指摘 どう思いますか』というタイトルの記事が掲載されました6)。この記事はBLM運動の流れを受けて書かれたもので、公開されてすぐに読者からの賛否両論の意見が寄せられたようです。

 

色にはイメージがあります。

 

白に清潔感や純粋さをイメージし、赤に情熱や暑さを、青に冷たさや水をイメージする人は多いと思います。白と赤の組み合わせに日本国旗をイメージすることもあるかもしれません。文化的背景の違いなどから、同じ白と赤でも違うイメージを持つ人もいるでしょう。

 

その中で黒はマイナスのイメージと関連づけられることも少なくありません。腹黒い、(白星に対する)黒星、(有罪という意味での)クロなどがそう。英語では white knight(友好的買収者)に対するblack knight(敵対的買収者)がその一例です。

 

こうした言葉の誕生には、人種差別的な意識が無縁のものがほとんどです。「ブラック企業」という言葉も劣悪な環境で働く人を救おうとしてきた人たちが使用してきたもので、文脈的に黒人差別の意味はありません。

 

それでもなお、黒という色がマイナスのイメージと関連づけられている場合に、それを人種差別的だと感じる人が少なからずいる。これが事実なのだと、この朝日新聞の記事を読んで気付かされます。

 

ここでも翻訳に携わる者としてできることを考えます。

 

過去の記事でも繰り返し伝えていますが、翻訳の目的は書き手の意図を過不足なく読み手に伝えること。

 

であるならば、たとえば「ブラック企業」という言葉に人種差別の意図がなかったとしても、読み手がそれを受け取ってしまえば、翻訳の目的を達成できないことになる。

 

言葉を使う意図と、その言葉が読み手に与える影響、その双方への視点を行き来する。そうすることで、「労働条件や職場環境が劣悪な企業」を意味する slave-driving companies exploitative companies を「ブラック企業」と訳さない選択肢を持てるかも知れません。

 

翻訳の目的を達成するために何をすべきか、そして翻訳者がつくる翻訳が読み手にどんな影響を与えうるのか。

 

朝日新聞の記事は、こうしたことについて再考するきっかけを私に与えてくれました。

 

***

 

時は同じ頃の20206月。

 

Cambridge Dictionary のブログ About words に、Black sheep and white lies というタイトルの記事が掲載されました7)

 

色の表現を使った慣用句がテーマのこの記事に対し、読者から ”I have a doubt, historically, are these expressions origined from racism?” (執筆者試訳:(黒と白という)色を使った表現は、人種差別の意識から生まれたものなのか?)という質問が届きます。

 

Cambridge Dictionary はこの質問に対する回答を別の記事として取り上げ8)、言葉にはイメージがあるという説明のあと、以下の言葉を続けます。

 

So it really doesn’t matter where an idiom came from: what matters is how it makes our fellow humans feel when they hear it. It is perfectly possible to find other words and phrases to express our ideas so that we avoid offending people. The language is rich enough.
執筆者試訳:慣用句がどのように生まれたかは、大して重要ではありません。重要なのは、その言葉を使ったときに相手が何を感じるかです。もし相手が傷つくのならば、ほかの言葉で自分の考えを表現することは十分に可能です。英語という言語は、それぐらい豊かなのです。

 

ここに言語と向き合う出版局の思いを強く感じます。最後の一文の「英語」を「日本語」に置き換えても、同じことが言えるでしょう。

 

言葉は時代や状況によって変わっていきます。初めはそんな意味がなかったとしても、意味が加わり変化し、そして受け取られ方も変わっていきます。

 

「自分の選んだ言葉が誰かを傷つけることがあるかもしれない」

 

言葉と向き合う翻訳者として、このことを心に留め続ける必要性を実感しています。そのうえで言葉に対する感度を高め、言葉の豊かさを信じ表現を広げる努力を継続していく。

 

こうしたことが、人種差別の問題をはじめとするさまざまな問題の解決に、つながっていくと信じています。

執筆:田村嘉朗
大手通信会社ロンドン支社勤務を経て、2013年より翻訳者として活動
専門は通信、マーケティング

  1. 参考URL

    1. AP changes writing style to capitalize ″b″ in Black (AP NEWS)
    https://apnews.com/article/race-and-ethnicity-us-news-business-ap-top-news-racial-injustice-71386b46dbff8190e71493a763e8f45a
    2. The decision to capitalize Black (AP: The Definitive Source)
    https://blog.ap.org/announcements/the-decision-to-capitalize-black
    3. Uppercasing ‘Black’ (The New York Times)
    https://www.nytco.com/press/uppercasing-black/
    4. Why the USA TODAY Network is capitalizing the B in Black (USA TODAY)
    https://www.usatoday.com/story/opinion/2020/06/12/why-usa-today-gannett-capitalizing-b-black-uppercase/3178288001/
    5. Explaining AP style on Black and white (AP NEWS)
    https://apnews.com/article/archive-race-and-ethnicity-9105661462
    6. 「ブラック企業」に「黒人差別」の指摘 どう思いますか(朝日新聞デジタル)
    https://www.asahi.com/articles/ASN7X31M3N7QULFA03Q.html
    7. Black sheep and white lies (Idioms with colours, part 2) (A blog from Cambridge Dictionary)
    https://dictionaryblog.cambridge.org/2020/06/24/black-sheep-and-white-lies-colour-idioms-part-2/
    8. Are idioms that use ‘black’ and ‘white’ offensive? (A blog from Cambridge Dictionary)
    https://dictionaryblog.cambridge.org/2020/07/08/are-idioms-that-use-black-and-white-offensive/

 

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