個人プロフィール

y-fuku

福 良雄

FUKU Yoshio

WIPジャパン株式会社:代表取締役社長(President & Executive Managing Director)

威鵬(大連)翻訳咨詢有限公司(WIP China): 董事(Director)、 董事長兼総経理(Chairman & Managing Director)

WIP Philippines Corp.:代表取締役(President)

アスリートブランド株式会社:取締役(Director)

過去~現在

神戸生まれ、大阪育ち。高校時代YFU交換留学生としてテキサスに留学。大学では体育会ヨット部で主将を務め、4年間の大半を琵琶湖での練習とアルバイトに費やす。学生時代のバイト歴は30を超えるが、一番実入りのよかったバイトは「焼き芋移動販売」。バブル絶頂期だったこともあり、四条大橋のたもとに焼き芋カーを陣取り、祗園のクラブに向かうサラリーマン相手に数時間で10万円近く稼いだことも。卒業後、経済の中心を担う金融業に理想を求め都市銀行に就職するも一生続けることをイメージできず早々にドロップアウト。幼少時からの夢であった実業家を志すことに。起業準備のためシンガポールと中国に留学。数社の経営に携わった後WIPジャパン設立参加。

下記「語録・スピーチ・回想録」欄では「経営」や「多言語ビジネス」への想いを少しずつお伝えしたいと思ってます。趣味は小動物の飼育。現在シマミミズ数百匹、ミナミヌマエビ数十匹、アメリカザリガニ2匹を飼育中。

座右の銘: 「知行合一」 「水六訓」
趣味: ミミズの飼育、料理、スポーツ観戦
愛読書: 帝国書院の世界地図帳
関心事: 親孝行とこども教育
トピック: 2004年11月、大阪府堺市から東京都中央区へ移住

ご挨拶

WIPジャパンは、2008年オリンピック開催候補都市(大阪市)による、オリンピック招致計画概要基礎データ収集機関として、1995年11月に事業を開始しました。

事業開始当初からこの事業に対する方針は「正確かつ豊富な情報に基づく報告書の作成」でした。 この方針は「正確な翻訳作業」の必要性へとつながり、翻訳を専門に扱う事業として、1996年4月に翻訳部門(現翻訳事業部)が設立されました。この部門では、英語以外の言語も多角的に取り扱い、翻訳スタッフを国内ばかりでなく広く海外にまで求め、高い品質とリーズナブルなコストで成長してまいりました。

一方、創業事業である海外リサーチ事業においては、世界中の現地リサーチャーの数と質を大幅に強化するなど、サービス体制の充実を図ってまいりました。また海外情報の収集ばかりでなく情報の分析・加工や発信というテーマにも熱心に取り組み、海外定性/定量調査、複数国での法規制調査、海外提携先開拓サービス、外国人来訪者調査といったサービスを開発してまいりました。

よく話題にあがる機械翻訳ですが、当社の品質要求レベルに応えるところにまでは至っておりません。一方、人間による翻訳成果物をデータベース化し、同文・類似文の翻訳に対してスピードアップとコストダウンを同時に実現する翻訳メモリーシステムなどの翻訳支援ツールについては早くより試行しており、かなりの成果をあげております。なかでもTRADOS TMサーバについては、運用ノウハウと実績において翻訳業界で最先端であると自負しております。

WIPジャパンは、これからも「多言語ビジネスNo.1」を標榜し、海外ネットワークを生かしたサービス開発を行い、お客様の国際ビジネスのお手伝いを通じ、豊かな国際社会の構築に貢献してまいりたいと存じます。

仕事パブリシティ

仕事に関連するパブリシティはこちらからどうぞ

語録・スピーチ・回想録

(順次更新)

翻訳について

人類は過去に一度も経験したことのない急激な国際化の真っ只中にいます。

現在そして将来における国際化社会の健全な経済・文化・政治活動を支えるのは「翻訳」であり、翻訳業界に身をおく私たちはその命運を握っているといっても過言ではありません。

三蔵法師、福澤諭吉、杉田玄白らの例をあげるまでもなく、先達の偉業の多くは彼ら自身の人生の大半を翻訳作業に投じることによって成し遂げられました。

分業化の進んだ現在、翻訳に携わる私たちは自らを「現在の国際化された社会における最重要インフラのひとつ」であることを再認識する必要があります。

日本で初めてノーベル文学賞を受賞した川端康成は、彼の作品を英訳したエドワード・サイデンステッカーに対し「ノーベル賞の半分は、サイデンステッカー教授のものだ」と賞金を半分渡し、翻訳者の貢献を評価しています。

「最高の翻訳サービスを提供したい!」と心から願い、具体的な行動を起こす精鋭集団が私の戦友です。

幸せにしてほしいひと、手を挙げろっ!

娘ができてから、私の赤ん坊に対するイメージが大きく変わった。

赤ん坊って本当によく笑うんだよね。赤ん坊だから泣くことも多んだけど、それ以上によく笑う。

ご飯を食べさせてあげるとき・・

絵本を読んであげるとき・・

散歩をしているだけでも、音楽が流れ始めただけでも本当に楽しそうによく笑う。


お風呂で水を汲んでは笑い、
アリを見つけてはきゃっきゃと笑う。

母親に抱きしめられると安心した顔で微笑み、
手ぎゅっと握ってあげるとこれまた嬉しそうに笑う。

ある人が言った「幸せは与えたり与えられたりするものではない。いわんや、幸せにしてあげたり幸せにしてもらったりするものでもない。幸せは感じるものだ」と。

そう。幸せは、いつも見つけられるのを待っている。

   いつも遠くばかり行こうとするのか
   見よ、良きものは かくも身近にあることを
   ただ、幸福のつかみ方を 学べばよい
   幸福は いつも 目の前にあるのだ
                 ゲーテ
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「退屈」と「感動」の距離

東京ディズニーランドへ行くのは今回で2回目。前回は4年ほど前、僕の東京出張にあわせて妻と行った。

今回は1歳8ヶ月の娘もつれて3人。

だが、遊園地はどちらかというと嫌いなほうである。
それにディズニーランドの人気アトラクションはいつ行っても長蛇の列。

待つことが苦手な僕が「プーさんのハニーハント」のファーストパスの列で30分以上待つことを苦にしなかったのは、以下に紹介する話しを聞いていたからだと思う。

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おかげで、「ちいさな娘と妻を連れてディズニーランドへ行くことができる」という幸せを存分に堪能できた。

もしよろしければご一読ください。


以下引用

 ある夫婦が、ディズニーランドに行きました。ディズニーランド内のレストランで、お子様ランチを夫婦で注文したのです。もちろん、お子様ランチは9歳以下とメニューにも書いてある。

 これはマニュアルでは当然お断りする類のものです。しかし、キャストのアルバイトは、マニュアルから一歩踏み出して尋ねました。お子様ランチは誰が食べるのかを・・・・

 「死んだ子供の思い出に食べたくて」奥さんが答える。

 「亡くなられた子供さんに・・・・」とキャストは絶句した。

 「私たち夫婦は子供がなかなか産まれなかったのです。求め続けて求め続けてやっと待望の娘が生まれました。でも、体が弱く一歳の誕生日を待たずに亡くなってしまいました。私たち夫婦は泣いてこの一年を過ごしました。でも、いつまでも泣いて暮らしてはいけないと話し合って、娘の一周忌の記念に、娘と来たかったディズニーランドに来たのです。そしたらゲートのところで渡されたマップに、ここにお子様ランチがあると書いてあったので、娘との思い出に、お子様ランチを食べようと思いました」

そう言って夫婦は目をふせた。

 キャストのアルバイトは「そうだったのですか。では、どうぞ召し上がってください」と自己責任で即座に応えたのです。

 そして「ご家族の皆さまどうぞこちらのほうに」と二人席のテーブルから四人席のテーブルに夫婦を移し、それから「お子様はこちらに」と大人のイスを一つ外し、子供用のイスを用意した。

 しばらくして運ばれてきたのは三人分のお子様ランチ。そしてこのキャストは「ご家族で、ごゆっくりお楽しみください」と笑顔で立ち去りました。

 このような出来事に感動して、ご夫婦は帰宅後に手紙を書きました。「私達は、お子様ランチを食べながら涙が止まりませんでした。まるで娘が生きているように家族の団らんを味わいました。また、娘を連れてディズニーランドに必ず行きます。」

 「感動」は、自分から「感じ」て「動いた」人に訪れるのです。理屈や経営理念からは生まれません。待っていても感動は訪れません。笑顔でお客様に接客する。そして親切にされると、お客さまは自動的に「ありがとう」と笑顔になる。そこで従業員のほうも自分は必要とされた、喜んでもらえたと感動をいただく。

 感動にはその「一歩」踏み出す、ほんの少しの勇気が必要なのです。お年寄りに席をゆずる事も、困っている人にこちらから声をかけるのも、「情けは人のためならず」自分が感動したいから、人は人に優しくなれるのです。そう私たちは今日からでも感動ドラマを作ることができるのです。

 それは誰もが本当は心の中で知っているはずのこと。

 渋滞の時にウインカーを出している車に、前の場所をゆずってあげた時、ハザードで「ありがとう」のサインを見た瞬間のほんの少しの清涼感に似た感動を・・・・。退屈と感動との距離はその一歩だと思う。それは自分が先に動いて、次に感動が生まれるのが「心の方程式」でしょう。

 たくさんの悩める人に会うにつけ、「誰も私を愛してくれない」「私なんて生きていても意味がない」と笑顔も見せないで嘆いている・・・・“それこそ”受け身だと思う。必要とされる人間になるための努力を出し惜しみする。

 僕は今年も「この一歩」を大切にしよう。そして一歩を出し惜しまないように生きよう。誰かの笑顔が見たいから・・・・「退屈」から「感動」の距離は、ただ「この一歩」なのだから。

「パックスムンディペルリンガス:言語を通じて世界の平和を」の実践

会社モットー「もっと理解しあえる世界をつくりたい」
政府間交渉は、いったん何かが起こらなければ行われない。相互理解を深め、摩擦を回避するのは、絶えることのない民間人どうしのふれ合いではないだろうか

「自分の事業に対する思い」

経済・社会の全体をとらえる視点と「社会哲学」的な香りを持った企業となりたい。

私の好きな経済学者の故飯田経夫氏は
「成長が環境への負荷を高めるとすれば、経済成長はむしろ犯罪であると思う。また経済成長を自己目的とするのは、いうまでもなく愚かなことである。」といった。

企業はスケールや規模ではなく、内容が問われるべき。
「足るを知る」時代にふさわしい「企業理念」の構築を目指したい。

仕事はなんのためにする?

私の考える仕事の報酬とは、1.自分の得意な分野を生かし、社会の役に立つ為、=よろこび・やりがい、2.自己の成長、3.生活の基盤を支える経済的安定。人生のそれぞれのステージでそこれらのなかでのプライオリティは変化するものであるが、少なくとも若いうちは「仕事を通じてどれだけ成長が得られるか」を基準に仕事を選ぶべきだろう。

学生さんにひとこと。「勉強」ってなんのためにするの?

有名な福澤諭吉の「学問のすすめ」で翁は「学問とは取捨の判断力を養うこと」といっています。

私は既成の常識を鵜呑みにせず「自分なりのものの見方」ができるようになることだと理解しています。


学生の皆さんは当然勉強が本分ですが、それらひとつひとつの勉強を単独で捉えるのではなく、数学でも地理でも自分達がこれから社会にでて、何を信じ何を疑うのかを見極めるために必要な下地をつくっていると考えてほしい。

日本語以外の情報をより早く多く収集することができるという意味でも語学の勉強はますます大切になっていくと思います。


また、社会人になればもっと実践的な勉強の必要性を感じることになると思います。いや学生時代の何倍も勉強することになるでしょう。

たしかに「社会」というグラウンドで有利に競技するためには、そのルール(法律・会計・労務などのさまざまな決まりごと)や便利で効率のよい技術を学ぶことは必要でありとても楽しいことです。ルールも知らずドリブルの練習もせずにサッカーの試合にでても活躍できるはずはありませんからね。

しかし、このルールを守って、うまく立ち回り、利潤をだしさえすればいいという時代は過ぎ去ったことをみなさんに強調しておきたいと思います。そういったノウハウや方法論といった知識も大切だけれど、みなさんの行動の根本にある『哲学』のほうが何倍も大事なんです。


私の好きな英国の経済学者のチャールズ・ハンディはこのようにいっています。

「私たち先祖が勝ち取った誇り高き民主主義が、「自分の効率のためにゴミを周りにまき散らす」といった程度の低い資本主義の乱用をそれほど長く許容することはない」

経済効率を重視しすぎた資本主義はそろそろ卒業だと言う意味ですね。


また、あの投機家として有名なジョージ・ソロスは

「野放図な私利私欲の追求が、個人的な利害関心より優先すべき義務を認識した行動パターンによってバランスが取られないかぎり、現代の経済社会体系は崩壊しかねない」と資本主義を批判しています。


しっかり勉強をして自分を高め、その能力をいかして社会の役にたつ人間になる。役にたったお礼としてお給料をいただく。これが資本主義の根っこの部分だと思うんです。ところがいまの資本主義は、競争原理ばかり強調されて「哲学」がない。だからあちこちで問題がでてくる。まだまだ成熟していないんですね。

若い皆さんには「自分の行動指針」というものをしっかり築いていってほしいと思っています。


哲学といえば、身近なところで相田みつをさんの詩が思い浮かびます。

花には花を支える枝がある
枝には枝を支える幹がある
幹には幹を支える根っこがある
だけど、根っこは見えないんだなあ


根は見えないが、人間でいえば「思想・哲学」。幹と枝は思想を反映させるための「知恵や知識」。そして花は実際の「行動」だと思います。

「経営者の役割」

経営者を野球でたとえるならば

社員が目標を達成しやすく公平なルールを作るという意味では・・・アンパイア?

よい環境を整えるのが役割という意味では・・・グランドキーパー?

優秀な選手をひっぱってきて、さらに十分に育つ環境を作るという意味では・・・球団オーナー?

経営者として、
理想の絵を描くチカラ。そしてそれに向かって具体的に行動を起こす行動力を鍛えたい

翻訳・通訳業の社会的役割について

金は経済活動の血だと言われる。そういう思いもあって大学卒業後は金融機関に就職した。しかしいま思うことは、国際的経済活動において、情報こそが血液だと感じる。とすれば私たちの主業務である翻訳や海外調査活動は血管的役割だろうか。国際化が進むにつれ、さまざまな情報を細部までしっかり届ける毛細血管的役割の重要性も増しているし、大動脈的役割もある。今後その重要性は加速度的に高まっていくだろう。

好きな言葉「知行合一」

どんなに優れたことを知っていても、たくさんの知識があっても、それだけでは道半ば。行動に移し、智恵・習慣に昇華することが肝要。頭でっかちにならず、行動力のともなった足回りのよいビジネスパーソンになりたい。

「水六訓」(笹川良一)を紹介

座右の銘としていることばを紹介したい。あくまで目標ですが・・

一、あらゆる生物に生命力を与えるは水なり。

二、常に自己の進路を求めてやまざるは水なり。

三、如何なる障害をも克服する勇猛心と、よく方円の器に従う和合性とを兼ね備えるのは水なり。

四、自ら清く他の汚れを洗い清濁併せ容るの度量あるは水なり。

五、動力となり光となり、生産と生活に無限の奉仕を行い、何等報いを求めざるは水なり。

六、大洋を充し、発しては、蒸気となり、雲となり、雨となり、雪と変じ、霰と化しても、その性を失わざるは水なり。

母をずっと支えてきた父について

(社内スピーチで皆が母親ばかり褒めるのであえて・・)
3人の兄がいて、幼い頃は食べることにも苦労をしたという父だが、性格は明るく、正義感が強い人だ。社会にでてからはいろいろな職業を転々とした。定職を求めて市の火葬場で働くことを決めた際、家族が差別されないか心配したようだった。それでも心を込めて遺族の方に接する姿に、遺族の方のみならず市からも感謝状をいただいた。父の仕事に対する姿勢を尊敬している。そんな自慢の父、そして大好きな母をずっと支えつづけてきた父に感謝したい。

本来、購買は楽しくて気持ちよいもの

企業で翻訳などの発注をご担当している方は非常にストレスがたまりやすいという傾向があると聞く。お客様が私たちのサービスの購入をされる際は、ショッピングをする時ようなわくわく感を感じていただきたい。「WIPに仕事を頼むとワクワクする」そんなサービスを提供しよう!

スポーツ界の国際化について

先場所は貴乃花の引退、モンゴル人力士朝青龍の横綱昇進、序の口以降6つ中5つの優勝が外国人力士の手に渡るなど外国人力士の動向が目を引く場所となった。大相撲協会の対応や巷の意見は体格に勝る外国人力士の人数制限をするべし、日本人の横綱がいないと寂しい、といった具合。しかし自国出身の力士が活躍しているモンゴルはもちろん幕内力士がいないグルジアでも幕内の相撲が放映されているときく。エンターテイメントビジネスの観点から考えると、大相撲や日本プロ野球リーグは潜在能力が十分にあるのに運営サイドの方針が中途半端な感を拭えない。松井選手の大リーグ移籍時の球団の対応、小野、中村などサッカー選手の例を出すまでもなく欧米のスポーツ界の動きは国際化をしながら海外のマーケットも取り込もうという戦略である。国際化が叫ばれて久しいが、大相撲や日本プロ野球から感じるのは、日本人の意識がまだまだ中途半端であることを物語っているように感じる。国際化の時代の勝者になるには、異質のものを取り込み自己の力に変えていく力が必要とされると痛感した。

ワールドカップにちなんで「視点」について考える

2002年サッカーワールドカップ以前と以後では日本のテレビのゲームの映し方が変わったそうだ。以前は各選手のアップ画像が多かったが、以後はゲーム全体を映すようになった。ワールドカップ期間中、日本のカメラマンが試合を撮ると、選手の表情をアップで映すことが多く、試合全体の流れが分からない、と海外では不評だったらしい。単なるカメラワーク・技術の違いでなく、サッカーに対する考え方の違いがあったのだ。
どちらの視点が良いかという議論ではなく、物事を見る場合全てミクロとマクロの両方の視点をもつことが大切であるということを示唆してるのではないだろうか。