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通訳と翻訳~似て非なる「訳す」仕事|WIPジャパン

作成者: WIP japan|Sep. 22, 2021

 

「メガホンヤク®」という翻訳サービスをご存じでしょうか?

 


メガホン型の端末を使い、空港や駅、イベントで訪日外国人に対して案内や誘導をするための翻訳サービスで、パナソニック社が開発したものです。

 

伝えたい内容を翻訳機に日本語で音声入力すると、登録している文章と音声照合して翻訳した後、日本語、英語、中国語、韓国語で再生します。

 

現在メガホンヤク®は販売終了となっていますが、そのソフトウェアは「多言語音声翻訳放送システム」として応用され、鉄道駅などで導入が進んでいるようです1)

 

さて、なぜ私がこのサービスを持ち出したかと言いますと、その製品名が気になったからです。

 

「メガホンヤク®」というその名の通り提供するのは翻訳機能であり、上の画像資料でも「多言語音声翻訳サービス」と説明されています。

 

しかしながら話し手の発言を別の言語に置き換えて音声で伝えるという役割を考えると、「翻訳」ではなく「通訳」の方が適切であるように思えたのです。

 

上の画像中にも「通訳なしで訪日外国人をスマートに誘導」とありますし、メガホンヤク®は「通訳」サービスの一種なのでは、と。

 

・・・こんなこと気にするのは翻訳者か通訳者くらいですか?ですよね(笑)

 

私はなにも「メガホンヤク®」というネーミングに異論を述べたいのではありません。メガホンヤク®は翻訳サービスなのか通訳サービスなのかハッキリしてほしい、ということを言いたいのでもありません。

 

そもそも製品名が「メガツウヤク」だったら商品イメージは沸きにくいですし、「メガホン」と「翻訳」をかけたネーミングは絶妙だと思います。

 

ただ私は「メガホンヤク®」という製品名やその説明資料の中に、多くの人が考える「翻訳」と「通訳」への理解が反映されているように思えてならなかったのです。

 

一般的に「翻訳」と「通訳」を似たような仕事と捉えている方は多いと思います。確かに「ある言語で表現された内容を別の言語に変換して伝える」という点では同じです。

 

ところが実際の仕事内容をみれば、似ているという表現ですら適切ではないように思います。求められるスキルも異なるため、まったく別の仕事と捉えてもいいかもしれません。

 

翻訳と通訳は別物

上述したとおり、翻訳と通訳は「ある言語で表現された内容を別の言語に変換して伝える」という点では同じです。つまり「訳す」という目的は同じなのですが、何をどうやって訳すのかが違います

 

翻訳は文字情報を訳します。文字情報を異なる言語の文章に変換して書くのが翻訳です

 

一方で通訳は口頭で表現されたメッセージを訳します。口頭のメッセージを他の言語に変換し口頭で発表することを通訳すると言います

 

この「何をどうやって訳すのか」の違いが、仕事内容を異なるものにしています。実際にどう違うのか、具体的に見てみましょう。

 

違いその1:訳すスピード

通訳はその場で耳から入った情報を、同時あるいは逐次に口頭で伝えなければなりません。ほとんど瞬間的とも言える時間の制約の中では、判断に迷ったり訳語を吟味したりする時間はありません。

 

翻訳はというと、通訳ほどの瞬発力は必要ありません。訳すスピードはさほど問われず、より適切な言葉を探す時間があります。

 

通訳と翻訳で訳すスピードがどれほど違うのかというと、会議通訳者の大御所である故Danica Seleskovitch氏曰く、「同時通訳は翻訳の約30倍のスピードで訳している」とか2)。翻訳者である私には30倍なんてもはや想像もつきません・・・。

 

違いその2:求められる正確性

翻訳と比較した場合、通訳では整然とした文章に訳されることはほとんどありません。整った文章にすることよりも、意味が伝わることと瞬間的な対応が重視されます。メッセージ全体の意味を捉えた上で、枝葉の情報を大胆にカットすることもあります。

 

また通訳では、対象者(聞き手)が限定されている場合がほとんどです(テレビ放送等ライブ中継での同時通訳を除く)。その場にいる人が理解出来ればいいということも、そこまでの正確性が求められない要因です。

 

一方で翻訳は、下調べを重ねて内容を十分に理解した上で訳文を作成します。翻訳は文章として残るため、通訳のように瞬間的ではなく、中長期的な評価の対象となります。そのため言語変換は緻密であり、高いレベルの正確性が要求されます。

 

また通訳と違って対象者(読者)の反応を直接うかがうことはできません。読者を具体的に特定することが出来ないため、ある程度は誰が読んでも理解出来る文章にする必要があります。よって訳出のプロセスでは、自然な表現や言葉の整合性を追求します。

 

違いその3:必要なスキル

訳すスピードや求められる正確性が異なれば、当然ながら必要なスキルも違うものになります。

 

通訳者には口頭で表現されたメッセージを聞き取るための高度なリスニング力が求められます。

 

またその時間的制約から、瞬発力(話されている内容について効率的にメモを取り、それを見て即座に言葉を選び内容を再生する技術)が重視されます。

 

一方の翻訳は訳す対象が文章です。文章はその性質上、口頭のメッセージと比較して、内容の理解に時間がかかり込み入った内容であることが多いです。

 

そのためソース言語(英日翻訳の場合の英語)で書かれた内容の理解には、高い読解力と専門知識が必要になります。

 

翻訳は前述のとおり、その対象者(読者)を具体的に特定できません。また通訳とは違い、その場限りではなくある程度の時間幅を持って利用されます。

 

こうした性質により、理解しやすく自然な文章を作成する能力や、言葉や表現の整合性にたいする緻密さも翻訳者には求められます。

 

翻訳者は通訳もできるのか?

ここまで見てきたとおり、通訳と翻訳の仕事内容は大きく異なり、必要となるスキルも違います。

 

よって翻訳者だからといって通訳ができるかというと、必ずしもそうではありません。その逆もしかりです。高いレベルで翻訳も通訳も両方できる人材もいることにはいますが、ごく限られていると考えた方がよいでしょう。

 

翻訳や通訳の仕事に関わったことがない場合、「外国語に堪能な人材」というだけで翻訳も通訳も出来ると考えてしまいがちです。

 

オンサイトで勤務している翻訳者に対してついでに通訳の仕事も任せようとする話を聞くことがありますし、私も過去にオンサイトで翻訳に従事していた際、通訳業務を依頼されたことがありました。

 

しかしながら、繰り返しになりますが、外国語に堪能なことは、翻訳や通訳が出来る理由にはなりませんし、翻訳が出来るからと言って(通訳が出来るからと言って)通訳が出来るとは(翻訳が出来るとは)限りません

 

外国語に対する習熟は翻訳者あるいは通訳者にとって必要なスキルの一部に過ぎず、さらには翻訳と通訳に求められるスキルは異なるからです。

 

そのため「訳す」仕事を依頼する場合、それが翻訳なのか通訳なのかによって、最適な人材が異なることを知っておく必要があります。

 

そして最適な人材を選び望む結果を得るためには、事前のスキルチェックが非常に重要です。

 

その仕事がどの程度の翻訳力または通訳力を必要とするのか。翻訳も通訳も必要な場合、どちらにどの程度の能力が必要なのか。

 

こうした見極めを経てこそ、求める結果を得ることが出来るのです。

 

執筆:田村嘉朗
大手通信会社ロンドン支社勤務を経て、2013年より翻訳者として活動
専門は通信、マーケティング

参考URL
1)「メガホンヤク®」のソフトウェアを応用した「多言語音声翻訳放送システム」の導入駅を拡大します!
https://news.panasonic.com/jp/press/data/2019/03/jn190322-1/jn190322-1.html
2) Danica Seleskovitch: Interpreting for International Conferences: Problems of Language and Communication. Pen & Booth, 1994