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経営者が知るべき「どんなリサーチをすると、何がわかるのか」 ― 情報参謀が7つの問いに答える

作成者: WIP japan|Jul. 10, 2026


1921年、ワシントン海軍軍縮会議。日本は主力艦保有比率をめぐって米英と対峙していた。日本側の希望は対米7割。しかし交渉の結果、受け入れたのは6割であった。

なぜ日本は譲歩したのか。理由のひとつとして、米国側が日本の外交暗号を解読し、「最終的には6割まで譲歩してよい」という本国訓令を事前に把握していたことが指摘されている。米国は、相手の底値を知ったうえで交渉のテーブルに着いていたのである。

これは100年前の外交の話だが、構図は現代の経営とまったく同じである。相手を知り、市場を知り、環境を知る側が、知らない側より有利に立つ。そして経営者が抱く疑問の多くは、実は適切なリサーチによって答えが出る。

問題は、多くの経営者が「どんなリサーチをすると、何がわかるのか」を知らないことだ。知らないから、勘と経験だけで判断する。あるいは、部下が持ってきた断片的な情報だけで決めてしまう。

本稿では、経営判断の場面ごとに、どんな調査が使え、何がわかり、そして何がわからないのかを整理する。いわば「リサーチ活用の地図」である。

 

 

1. 問い1「この海外市場、本当に儲かるのか」

新しい市場への参入を考えるとき、最初に必要なのは市場の全体像である。

ここで使うのは公開情報調査(デスクリサーチ)と市場規模推計だ。現地の政府統計、業界団体レポート、上場企業の開示資料、現地メディアの報道。これらを現地語で丹念に読み込むと、市場規模、成長率、主要プレイヤーの顔ぶれ、価格帯の相場観がつかめる。

わかることは「その市場が戦う価値のある土俵かどうか」である。数週間程度で、参入検討の土台となる見取り図が手に入る。

ただし限界もある。新興国や新しい産業では統計そのものが未整備で、市場規模の推計値には相当の幅が出る。「500億円市場」という数字が、実は300億から800億の間のどこか、ということは珍しくない。数字を一点で信じるのではなく、幅として捉える姿勢が要る。

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2. 問い2「現地の実態は、実際どうなっているのか」

机上の数字が有望に見えても、現地の実態は別物であることが多い。

ここで使うのが現地ヒアリング、いわゆるエキスパートインタビューである。現地の業界関係者、流通業者、元競合社員、規制当局のOBといった「現場を知る人間」に直接話を聞く。

わかるのは、公開情報には決して出てこない情報だ。商習慣の実態、リベートの慣行、価格の実勢、キーパーソン同士の力関係、そして「あの会社は表向き好調だが、実は在庫の山を抱えている」といった類の話である。

統計上は成長市場に見えても、ヒアリングを重ねると「実需ではなく流通在庫が積み上がっているだけ」と判明することがある。この種の発見は、机の上では絶対に得られない。

限界は、話者の主観や利害が混じることだ。一人の証言を鵜呑みにせず、複数の情報源を突き合わせて確度を上げる。これは情報の世界で古くから行われてきた基本作法である。

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3. 問い3「競合は何をしているのか」

競合の動きを知らずに戦略を立てるのは、相手の陣形を見ずに布陣するようなものである。

使うのは競合調査だ。公開情報の分析に加え、店頭調査(実際に売場を見る)、価格調査、求人情報の分析(どんな人材をどの地域で採っているかは戦略の先行指標になる)、展示会での情報収集などを組み合わせる。

わかるのは、競合の打ち手、価格戦略、販路、注力領域、そして「次に何をしそうか」の兆候である。

わからないのは、競合の内部にしかない意思決定そのものだ。ここは推論で補うしかない。ただし、観察された事実から相手の意図を推し量る訓練を積めば、推論の精度は確実に上がる。

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4. 問い4「うちの商品は、現地で受け入れられるのか」

市場が有望で、競合の布陣もわかった。次の問いは「自社の商品が売れるのか」である。

使うのは消費者調査だ。定量調査(アンケート)で「何人が、いくらなら買うか」を測り、定性調査(インタビューやグループ討議)で「なぜ買うのか、なぜ買わないのか」を掘る。この二つは車の両輪であり、どちらか一方では判断を誤る。

わかるのは、ニーズの有無、受け入れられる価格帯、そして最も重要な「買わない理由」である。日本で売れている品質や機能が、現地ではまったく評価されないことは頻繁に起こる。パッケージの色ひとつ、サイズひとつが命取りになる市場もある。

限界は、消費者の回答と実際の購買行動が一致しない場合があることだ。「買いたい」と答えた人が実際に買うとは限らない。だから可能であれば、テスト販売など実際の行動を観る手法と組み合わせるのが望ましい。

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5. 問い5「規制や制度で、足をすくわれないか」

海外事業の失敗要因として意外に多いのが、規制の見落としである。

使うのは規制・制度調査だ。参入に必要な許認可、製品認証の要件、外資規制、税制、労働法制、そして今後の法改正の方向性を、現地語の一次資料に当たって確認する。

わかるのは、参入の障壁と、その乗り越え方、そして所要期間である。認証取得に1年かかると事前にわかっていれば事業計画に織り込めるが、参入後に発覚すれば計画全体が狂う。

限界は、制度の「運用の実態」が条文からは読めないことである。法律上は可能でも、実務上は当局の裁量で止まる、という国は少なくない。ここは問い2の現地ヒアリングと組み合わせて初めて実像が見える。

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6. 問い6「この相手と組んで、大丈夫か」

現地パートナー、代理店、買収候補。相手選びの失敗は、海外事業の失敗に直結する。

使うのはパートナー調査、いわゆる与信・レピュテーション調査である。登記情報や財務情報の確認に加え、現地での評判、経営者の経歴と人脈、過去の訴訟歴、反社会的勢力との関係の有無まで調べる。

わかるのは、相手の「表の顔」と「実態」の差である。立派なウェブサイトを持つ会社の実体が数名のペーパーカンパニーだった、という事例は実際にある。契約書に判を押す前の数十万円の調査が、数億円の損失を防ぐことがある。

限界は、将来の裏切りまでは予見できないことだ。調査はあくまで現時点の実態把握であり、その後の関係管理は経営の仕事である。

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7. 問い7「変化の兆しを、見逃していないか」

ここまでの六つは、いずれも「単発の問い」に答える調査である。しかし経営環境は静止画ではなく動画。規制は変わり、競合は動き、地政学は市場を揺らす。

そこで必要になるのが継続モニタリングである。自社に関わる市場、競合、規制、技術、地政学の動きを定点観測し、変化を定期的に報告する仕組みだ。

わかるのは「変化の傾き」である。単発調査が写真だとすれば、モニタリングは定点カメラだ。一枚の写真ではわからない「動きの方向と速度」が見えてくる。兆しの段階で変化を捉えられれば、対応の選択肢は多い。表面化してから知ったのでは、選択肢は限られる。

冒頭のワシントン会議の話を思い出してほしい。米国の優位は、会議の場でにわか仕込みの情報収集をしたことではなく、平時から傍受と解読の体制を持っていたことから生まれた。

情報は、必要になってから集め始めたのでは遅い。平時からの装備である。

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地図を手に入れた経営者は強い

七つの問いを並べてみると、ひとつの構造が見えてくる。

問い1から6は「決断の前に、事実を確かめる」ための調査である。そして問い7は「決断の機会そのものを、早く察知する」ための仕組みである。前者は判断の質を上げ、後者は判断のタイミングを早める。

経営者に求められるのは、調査の実務を自ら行うことではない。「この判断には、この種の情報が要る」と見立てられること、つまりこの地図を頭に入れておくことである。地図があれば、勘に頼る場面と、事実を取りに行くべき場面の区別がつく。

歴史は繰り返さないが、韻を踏む。

情報を制した側が優位に立つという構図は、100年前の軍縮会議でも、今日の海外市場でも変わらない。

なお、筆者が経営するWIPジャパンは、オリンピック関連の海外調査を出発点として創業以来、こうした調査を通じて日本企業の海外展開を支援してきた。本稿の地図が、読者の次の一手の助けになれば幸いである。

上田輝彦

 

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