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IR(Integrated Resort)コラム 第1回

作成者: WIPジャパン株式会社|Feb. 03, 2026

アジア太平洋IR(Integrated Resort)の新秩序:ESG・RGと「ネットワーク」が勝敗を分ける

2026年01月31日 坂井岳志 平澤修司。

2027年にUAEのウィン・アル・マルジャンが中東初のカジノIRとして華々しいデビューを控え、同時に日本・大阪IRが2030年開業へ向けて着実に歩を進める中、アジア太平洋のIR地図は激変の時を迎える。本稿では、かつてマカオとシンガポールが二大巨頭として君臨した時代から、多極化し相互に接続する「ネットワーク型IR時代」への移行を背景に、新たな富裕層セグメントである「プレミアムマス」(後述)が市場を再定義しつつあるとの見方を示したい 。[WIP1.1][WIP2.1]

競争は熾烈となることが必至だが、勝者はESG(環境・社会・ガバナンス) とRG(責任あるゲーミング) を武器に、そのうえで独自の世界観を打ち出すことのできるIRというシナリオがありそうだ。

 

  一方で、非富裕層(VIP)ながら高い消費意欲と滞在価値を持つ「プレミアムマス層」の存在も見逃せない。近年のアジア主要IRでは、この層を安定的な収益基盤として位置づけ、宿泊・エンターテインメント・MICEを横断する体験価値の強化が進む。マカオがVIP偏重からプレミアムマスへと軸足を移し、シンガポールがMICE需要と結びつけてこの層を取り込んできたように、UAEや日本の新規IRも同様の戦略的バランスをいかに設計できるかが、今後のIR競争における持続的優位性を左右する鍵の一つであろう。

ESG(Environment , Social , Governance)「住民のESG視点(環境保全、地元雇用、公平なガバナンス)を十分に汲み取ったIR計画は、「地域の持続可能性に貢献する開発」として受容されやすく、長期的な共存関係を築くうえでプラスの評価を得やすくなる。」(IAGR)

 

RG(Responsible Gaming)「責任あるギャンブルやプレイヤー保護を戦略の中心の一つに据えることで、「依存症やトラブルを最小化しようとする真剣な努力」がブランドストーリーになり、特に規制環境の厳しい成熟市場では長期的な顧客ロイヤルティと評判の向上に寄与する。」(Lee, D., 2023)

 

 

[1]一方で、非富裕層(VIP)ながら高い消費意欲と滞在価値を持つ「プレミアムマス層」の存在も見逃せない。近年のアジア主要IRでは、この層を安定的な収益基盤として位置づけ、宿泊・エンターテインメント・MICEを横断する体験価値の強化が進む。マカオがVIP偏重からプレミアムマスへと軸足を移し、シンガポールがMICE需要と結びつけてこの層を取り込んできたように、UAEや日本の新規IRも同様の戦略的バランスをいかに設計できるかが、今後のIR競争における持続的優位性を左右する鍵の一つであろう。

[2]ESG(Environment , Social , Governance)「住民のESG視点(環境保全、地元雇用、公平なガバナンス)を十分に汲み取ったIR計画は、「地域の持続可能性に貢献する開発」として受容されやすく、長期的な共存関係を築くうえでプラスの評価を得やすくなる。」(IAGR)

[3]RG(Responsible Gaming)「責任あるギャンブルやプレイヤー保護を戦略の中心の一つに据えることで、「依存症やトラブルを最小化しようとする真剣な努力」がブランドストーリーになり、特に規制環境の厳しい成熟市場では長期的な顧客ロイヤルティと評判の向上に寄与する。」(Lee, D., 2023)


ウィン・アル・マルジャ(Image: luxury Property )[4]

プレミアムマス

プレミアムマスとは、ハイローラーとして知られるVIPと一般マスの中間に位置する富裕層であり、マカオやシンガポールでは、かつてジャンケット 主導の中国本土VIPに依存していた収益構造からの転換を支える中核顧客層として台頭してきた層を指す 。彼らは1回あたりの掛金こそVIPほどではないものの、総滞在支出とリピート性が高く、ホテル滞在やレストラン、ショッピング、ショーを組み合わせた体験全体を重視する傾向が強いとされる 。 そのため、IR事業者はゲームフロアだけでなく、ラグジュアリーホテル、エンターテインメント、MICEを横断した回遊性の高いリゾート設計を通じて、この層の需要を取り込もうとしている 。

ESGとRG:IRの新常識

今後のアジア太平洋IRを展望する上で、ESGとRGは避けがたいテーマだ。投資家や規制当局の目が厳しくなる中、シンガポールのマリーナベイ・サンズは2024年のResponsible Business Reportで温室効果ガス削減やコミュニティ還元を詳細開示し、業界のベンチマークを確立した。ESGでは定量目標と開示の透明性、RGでは多層的な排除制度と厳格な入場・広告規制を組み合わせるなど、例えば、ACGCS はそれらの試みを「アジア太平洋地域のIR規制モデルとして最も体系的で先進的[Takeshi S5.1][WIP6.1]」と評価している 。

他にも、マカオのMGMもRGモデルユニット認定 を受け、フィリピンの規制当局(PAGCOR )は倫理運用を義務化、オーストラリアのクラウン・リゾーツはAI駆動のハームミニマイズを推進する。 UAEや日本も、プレイヤー保護を中核に据え、持続可能性を競争力の源泉に変えている。 

マリーナベイ・サンズIR2(統合型リゾート2)拡張計画(Image: Marina Bay Sands )

 

 

[4] https://www.luxuryproperty.com/blog/uae-grants-firstever-gaming-license-to-wynn-resorts-a-landmark-move-for-the-region

[5] カジノ業界でVIPの高額賭博客(ハイローラー)を誘致・接待する専門業者やそのサービスを指す。
[6] “Macau’s Mass Market Dominance Hits Record 75% as High-Roller Era Fades”
https://www.igamingtoday.com/macaus-mass-market-dominance-hits-record-75-as-high-roller-era-fades/#:~:text=Once%20the%20backbone%20of%20Macau%E2%80%99s%20economy%2C%20VIP%20revenue%20has%20collapsed

[7] “Betting big on Asia Pacific: designing the next generation of integrated resorts”

https://www.watg.com/betting-big-on-asia-pacific-designing-the-next-generation-of-integrated-resorts/

[8] 同上
[9] ACGCS(Association of Certified Gaming Compliance Specialists)はカジノ・ゲーミング業界のコンプライアンス担当者向けに教育・資格認定を行う専門団体
[10] Responsible Gaming Under Review: The Auditor's Role in Safeguarding Players and Reputation”
https://www.acgcs.org/articles/responsible-gaming-under-review-the-auditors-role-in-safeguarding-players-and-reputation

[11]  “Responsible Gaming” https://en.mgmchinaholdings.com/index.php?s=174

[12] PAGCOR(Philippine Amusement and Gaming Corporation)フィリピン娯楽博覧会公社


独自世界観でネットワークの一角へ

一方で、仮説ではあるがプレミアムマス旅行者は「一都市集中」から脱却し、例えば、UAE(ビーチリゾート)→シンガポール(MICE )→日本(文化と自然)というルートを巡るようになるかもしれない。 さらに、「歴史的寺社+近代都市+食+インフラ」といった“日本文化”がプレミアムデスティネーションとして評価されるとなれば、さらに大阪IRを国内ハブとし、さらにその魅力を補完する第2、そして第3の日本IRのマルチストップを形成することだってあり得る 。[WIP11.1]

いずれにしても、ここで鍵を握るのは、新しい富裕層の価値観だ。アジア発・アジア向けの旅行・ラグジュアリー需要の分析を行う調査会社Outboxは、「約80%が『パンデミックを経て、より責任ある形で旅をしたい』と回答し、75%は「追加料金の使途が透明ならサステナブルな旅にもっと払う」と述べている 。これからのIRは単なるラグジュアリーリゾートでは足りない。ESG・RGを基盤に、差別化された魅力で回遊客を呼び込むことで、ネットワークに「欠かせない一角」になれるか否かを決めることになるだろう。

 

 

[13]https://jp.marinabaysands.com/expo-and-convention/gallery/event-highlights/2024/12/us-dollar-8-billion-announcement.html

[14]MICEとは、Meeting(会議)、Incentive Travel(報奨旅行)、Convention(国際会議)、Exhibition/Event(展示会・イベント)の頭文字をとった造語、多くの人が集まるビジネスイベントの総称
[15] “Singapore, Thailand, Japan, China, And More Destinations See Record Demand As Affluent Travelers Drive Global Tourism Growth” https://www.travelandtourworld.com/news/article/singapore-thailand-japan-china-and-more-destinations-see-record-demand-as-affluent-travelers-drive-global-tourism-growth/
[16]“Luxury travellers are spending more, prioritizing experience and sustainability”
https://the-outbox.com/luxury-travelers-are-spending-more-prioritizing-experience-and-sustainability/

[17]GGR(Gross Gaming Revenue)は、ギャンブルおよび賭博業界における主要な財務指標であり、オペレーターがプレイヤーへの全配当金を支払った後に残る総収益を表す。これは本質的に、運営コストや税金が控除される前の、ゲーミング活動から直接生み出される総収入である。 

 

シンガポール・マカオ・UAE・大阪IRの役割分担

これからのアジア・太平洋のIR市場は、「どこが一番大きいか」ではなく、「どこがネットワークの中で不可欠な一角になれるか」で序列が決まる時代になっているはずだ。 そのとき評価されるのは、単なる豪華さやGGR (ゲーミング粗収益)の大きさではなく、ESGとRGをどこまで本気で組み込み、地域社会や投資家から“持続可能な事業”と認められているか、そしてその上でどれだけ強い物語性と世界観を提示できているかである。

シンガポールは「都市国家×MICE×責任経営」のモデルハブとして、マカオは依然としてアジアVIPの磁場として、オーストラリアはダイナミックな自然とエンタメを組み合わせたロングステイ拠点として、UAEは中東と欧亜アフリカをつなぐビーチラグジュアリーハブとして、それぞれ異なる役割を担うだろう。日本・大阪IRは、厳格な規制と日本文化・四季折々の自然を融合させた「安心して遊べるハイエンドIR」として、アジアのマルチストップ構造のネットワークの中で“信頼”と“物語”を供給するポジションを確立できるかが問われる。

結論

逆に言えば、ESGで信頼を獲得できず、世界観も凡庸なIRは、“どこかの代替地”にとどまるリスクが高い。富裕層旅行者の旅程表に「必ず組み込みたい一都市」として名前が残るかどうか。その分かれ目が、今まさに各国・各事業者の投資判断と規制設計の中で形づくられている。10年後の勝者は、ネットワークにおける自らの役割と物語を明快に定義できるIRなのである。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

 

<参考文献>